夢幻なる絆

□番外編3
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凪、篤姫と会う。


「夕凪、今日会うのは私より身分が高いお方。失礼がないように奥ゆかしい妻を演じなさい」
「誰と会うんですか?」


朝食中本日の予定を坦々と尚々しく言われ多少言葉に気になりつつも、箸を止めず気楽にしてその人物を問う。
でもそれは、とんでもない大物だった。


「島津殿の御息女で私とは旧友。結婚したことを知らせたら、是非会いたいと言われてね」
「辞退させて頂きます。私には無理です」


その人物の名を聞かなくてもそれだけで十分過ぎる程理解した瞬間、私は箸の持った手を震わし顔が見る見る青くなり丁重に断りを入れる。
薩摩藩島津の江戸にいる御息女と言えば、数年前大河ドラマにもなった天璋院篤姫。

13代将軍徳川家定の正室で、14代徳川家茂の義理の母。
そんな私にとって、関わってはいけない存在。


「却下。食事が終わったらすぐに支度しなさい。十二単を用意させてあるから」
「絶対に嫌です。私死にたくないです。しばらく実家に帰らせて頂きます」


いつものように私には選択権がなかったけれど、私は訳の分からないことを言いながら荷物をまとめる。

どこでもいいから、今日一日逃げ切ればどうにかなるだろう。


「実家ってどこあるの?彼女は優しい人だから、よほどのことがない限り大丈夫」
「私のことだから、とんでもない失態をしてしまいます。一人で会いに行ってください」


すかさず突っ込みを入れられフォローしてくれるけれど、私には変な自信があるためそれでも拒否って思い付いた言葉を言い捨てていた。
帯刀さんは勝ち誇ったように、ニヤリと笑う。

嫌な予感・・・。


「彼女は私の元恋人で未練があるまま別れ、今日数年ぶりに逢うとしても一人で行っていいんだね?後悔しない?」
「・・・やっぱり私も行きます」
「はい、よくできました」


嫌な予感は見事的中。
私がもっとも恐れていた展開を意味ありげに言われてしまい、私は嫌々ながらも恐ろしいことになったら困るので承諾する。

篤姫が帯刀さんの元カノ・・・。
そんなの話だけのことだと思っていたのに、現実はさらに付き合っていたなんてショック過ぎる。


「帯刀さんはまだ篤姫のこと好きだったりします?」
「さあね。実際会ってみないと分からない」
「・・・・」


聞かなきゃ良かった核心に、私はますます凹み悲しくなる。
胸が苦しくて痛い。
こんな思い私が帯刀さんに片想いしていることに気づいて、でもお琴に敵わないって思ったあの日以来。


「冗談。今は夕凪だけを愛してるから、彼女のことはただの旧友。これがその証」


もう少しで泣き出しそうになる私を帯刀さんはそっと抱きしめ、キス・・・ディープキスで約束してくれた。
いつも以上に深く念入りで、帯刀さんの愛情が伝わってくる。








「尚ちゃん、久しぶりだね」
「ああそうだね。篤は相変わらず元気そうで何よりだ」
「尚ちゃんも元気そうで安心した。それにとても幸せそう」


浜離宮に着き係の者の案内で帯刀さんの後ろを重い十二単に悪戦苦闘しながら着いていくと客室に通され、そこには私同様十二単を着た美しい女性がいてさっそく帯刀さんと親しげに話始める。

尚ちゃんに篤。
確か帯刀さんの幼名は尚五郎だったはずだから、篤姫とは幼馴染み見たいな関係でもあるのかな?
そして未だに二人の間には強い絆で結ばれていることがよく分かって、私が入る隙が全くなく完全にお邪魔虫。
二人だけにさせるのは危険だけれど、来なければ良かったとすでに後悔し始めている。


「幸せだからね。それでこの人が私の妻」
「小松夕凪です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。へぇ〜この人が尚ちゃんの妻か。ちょっと意外かな?」


年下でも身分が身分だから失礼のないように行儀良く挨拶をすると、篤姫は物珍しそうに私を見回し楽しげにそう言い笑う。

意外ってどう言う意味ですか?
しかもその笑みが勝ち誇った笑みに見えるのは気のせい?
ひょっとしてまだ篤姫は帯刀さんのことを想い続けていて、相手が凡人以下の私だから奪うつもりなんじゃ?
篤姫は今じゃ未亡人なんだし。


「夕凪は個性豊かで面白い人だよ。毎回ありえないことをやらかして、私を楽しませて飽きさせない。私の掛け替えのない大切な人」
「・・・尚ちゃんは好きな人とちゃんと結婚出来たんだね」


今までにもない最大の不安が押し寄せ危機感を感じていると、帯刀さんはそう言ってくれ私を背後から抱きしめる。
私の不安を分かってくれたから、わざとちゃんと分かるように言ってくれた?
帯刀さんならありえる。
幸せに浸る私とは違って、篤姫は悲しそうにも笑う。
やっぱり篤姫はまだ帯刀さんのことが好きなんだ。


「夕凪に出会うまでは私が結婚するとは考えもしなかったけれど、夕凪となら柄にもなく結婚して幸せな家庭を築きたいと思えたよ」
「そうなんだ。良かったね。あなたも今幸せなの?」
「はい、とっても」


私には嬉しいことでもあまりラブラブな発言は篤姫に気の毒と思いつつ、あまり素っ気ない返答をすれば帯刀さんが怖いから幸せなの返答をする。
日頃から私から帯刀さんへの愛が足りないと言われているし。


「お茶の準備が出来ました」
「ありがとう。では行きましょう?」
「ああ。夕凪手を貸しなさい」
「はい」
「そんな姿でこけたら笑い者だけじゃすまされないからね」


係の者が呼びに来て私は茶室に移動する時、帯刀さんに言われるがまま手を出すとその手を握り軽く笑われそう言われてしまう。
さっき何度となくこけそうになった所を、どうやら見られていたらしい。





お茶会と言うのは、想像していていたより過酷だった。
十二単のせいで正座の痺れはいつも以上に早く来てしまい、お茶を渡された時はありえないことをしやらかしてしまった。


「・・・熱っ!!」


ボトッ



緊張のあまり自分が猫舌なのに冷める前に飲もうとしてしまい、あまりの熱さに手が滑り茶碗を落としてしまう。
運が良く御膳に落ちたため被害は自分の着物に少し掛かっただけですんだ物の、当たり前のように私はお茶会の注目の的になり篤姫には笑われる始末。

穴があったら入りたい。


「相変わらず夕凪はそそっかしいと言うか、間抜けと言うか。怪我はないね?」
「はい。・・・すみません」
「それなら良かった。すみませんがもう一度お茶を点ててくれませんか?」
「はい」


そんな私に帯刀さんは呆れながら自分の手ふきで汚れを拭き、私のことを怒らず心配してくれる。
こんな失態をやらかして帯刀さんも笑われるなのに、イヤな顔なんて一切しなこうやっていつも助けてくれる。
そんな優しさが嬉しくて涙が出そうだった。




「今日はとても楽しかった」
「私も、久しぶりに楽しめた。・・・尚ちゃんは本当に凪さんのことを愛してるのね。・・・負けたわ」
「は?」
「ううん、なんでもない。凪さん、尚ちゃんの事宜しくね。尚ちゃんって結構寂しがり屋で甘えん坊だから、ちゃんと傍で支えてあげないと駄目よ」
「はい。いつも私が支えてもらってばかりですが、私も出来る限り支えられるように精進してます」


帰り際篤姫自ら正門まで見送ってくれて淋しそうにしながらそう言い、私はやんわりと答え帯刀さんを見上げ微笑む。
本当はそんなこと言われなくても知っていると言いたかったけれど、いくらなんでも大人気ないのでここは堪えることにした。
もう帯刀さんの心には、篤姫のことなんてちっともないって分かったから。
嫉妬する必要もない。


「精進ね。その言葉良く覚えておくよ。では行こうか?」
「はい。篤姫、さようなら」
「また機会があれば会おう」
「うん、そうだね。尚ちゃん元気でね。さようなら」
「篤も体には気をつけるんだよ」


なんだか一生の別れをしているような会話で、篤姫の目には涙が浮かんで堪えているようだった。

またとは言ってるけれど、もう会わないつもりだろうか?
それは幕末と言う時代で身分の問題であるとしたら、私には理解し難い物で淋しい物である。
まぁでも私としてはいくら帯刀さんが篤姫を思ってなくても、あんまり会って欲しくないな。

そして私達は、浜離宮を後にした。



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