FRAGMENT

□10章 欠けた月は再び満ちる
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「ヒノエ君、どこ行ってたの?いないから心配してたんだからね」

望美がオレを見つけるなりそう言いながら、小走りで駆け寄ってくる。
言葉とは違い頬を膨らませて怒っている。

相変わらず可愛いね。

「詮索されるのは嬉しいけど、そんな問いはヤボって言うもんだよ。それでも聞きたいのかい?」

あまりも可愛くてつい虐めたくなりわざとそう言うと、望美の顔に火がつきオレから視線をそらす。
想像通りの反応で楽しませてくれる。

「相変わらず愛らしいね。姫君」

違う。
望美はオレの姫君じゃない。
ただの仲間だ。
オレの姫君は、………。

「ヒノエ君、どうしたの?風邪でもひいた?」

心配そうに望美はそう言いながら、オレの額に手を当てようとする。
本気でオレのことを心配しているんだ。
だがオレは

バシン


「オレに触れるな」

望美の手を手加減なしに払いのけてしまった。
汚らわしいと思った。

オレに触れられる女はあいつだけ。

「ヒノエ君………」

悲しげな表情で望美はオレを見つめている。
訳も分からず女に手を出すなんて、最低だなオレ。

「あ、ごめん。……オレ本当にどうかしてるよな」
「………やっぱり、ヒノエ君には梓を忘れるなんて無理なんだよ。現実逃避なんてらしくないじゃない」

突然望美は意味不明なことを言った。

オレが現実逃避だって?
そんなことするはずがない。
でも梓って名前どこかで聞いたことがある気がする。
とっても大切な人の名前。


「ごめんね。私がワガママだったから、梓が犠牲になったんだよね。梓の方が私が銀を想うより比べ物にならないぐらい、ヒノエ君のことを愛しているのに」

そう言って望美は涙を流す。
女性の涙は綺麗なはずなのに、何も感じないし思えなくなっている。

「…………」

なんのことがさっぱり分からなかったが、言葉が何も出てこない。

望美の言っていることは正しい。
望美さえいなければ良かったんだと、心の奥深くで叫んでいた。
しかしこれはオレ自身が望んだことなんだ。

「だから私と一緒に」
「いいんだ。望美は幸せになればいい。それがあいつの望みだから」

望美の言ったようにそれはもう、諦めなのかも知れない。

けどそれでいいんだ。
早く忘れた方が良い。
オレがオレらしい元の生活に戻れるぐらいに。

「だけど」

それでも何か言いたそうな顔で望美はオレを見る。

「もう止めにしようこんな話。忘れようとしても………忘れられない」

そう何もかもすべて忘れるんだ。
こんな風に考えたりしなければ、あっという間に消えてなくなる。


本当に忘れて良いのか?
オレが本気で心の底から愛した女なんだぞ。
もう二度と会えなくても記憶があれば、あいつはオレの心で生き続ける。
あいつとの想い出がオレの生きる支えになる。
それだけでも、なんで良いと思えないんだ。
そもそも本当にオレは、あいつを完全に忘れられるんだろうか?




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