FRAGMENT

□8章 素直のままで
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「ねぇもう暗くなっているけど、帰らなくていいの?」

と私はすっかり暗くなってしまった夜空を見上げ、馬を走らせ続けているヒノエに尋ねた。

朔にはいつも日が暮れる前には帰ってきなさいと言われている。

「大丈夫。望美にオレ達は今日帰らないって伝えてあるからね」
「そうなんだ。なら大丈夫だね」

望美に言えば朔にも伝わるから安心だ。
どうして帰らないかは分からないが、ヒノエのことだから何かあるのだろう。
だったらヌクも連れてくれば良かったけど、金と遊んでいたから邪魔できなかった。

「ヌクは、いい子にお留守番できるかな?」

ふとそんなことを思った。
思えばヌクを置き去りにしたことは私が自害しようとした時だけで、それ以外はいつでも一緒だった。

ヌクは寂しがっている?
それとも金がいるから、もう私なんか必要ない?
私はヒノエがこうして側にいても、ヌクにも側にいて欲しい。

「ねぇ、梓はヌクの次は誰が好きかい?」

そんなことを思っているとヒノエは走らせていた馬を止め、私を両手で抱きしめ問われる。

「ヌクの次?」
「ああ、正直に答えてごらん」
「知盛だよ」

言われた通り迷わずそう答えると、今まであんなに笑顔だったヒノエの表情が少し曇ってしまった。

「死人に勝てるわけないか。ならその次は?」
「朔」
「朔ちゃんか。まぁそれも仕方がない。じゃぁ次は?」
「将臣と敦盛」
「え?」

朔と答えた時元に戻った表情が今度はさっきより何十倍も暗くなり、抱きしめられた手が解かれた。

私はまた変なことを言って、ヒノエのこと傷つけたの?
でもヒノエは何を言って欲しかったのだろうか?

「ヒノエ?」
「………ならオレは、誰の次なんだい?」

悲しそうにも辛そうにも聞こえる。

なんでそんなこと聞くんだろう?

「?」
「ねぇ怒ったりしないから正直に言って」
「いないよ。だってヒノエは一番好きだから」

ヒノエが一番好き。
いつの間にかそう思うようになった。

するとヒノエは驚いたのか、目と口を大きく開き私をしばらく見つめそして、

「オレの姫君は、どうやらオレのいない間に男の扱い方を習得したみたいだね」

いつものヒノエに戻り再び今度はさっきより強く抱きしめ、力強い深い口づけをする。

今日何度目の口づけだろうか?
その度に私の胸は高鳴り続けて、もしかして壊れてしまうかも知れない。
だけどこう言うのも幸せだと思える。
それにこの言葉の意味は何?

「だけどそれならそうと早く言って欲しかったね。聞いた瞬間奈落の底に落とされた気分だったんだぜ?」

口づけが終わると、何を思ったのかそんなことを聞かれる。

奈落の底に落とされる?

「だってヒノエが、ヌクの次って聞いたから」

意味が分からなかったので、最初の問いだけ答えた。

もしヒノエが一番好きなのはって聞いたら、すぐにヒノエって答えていた。
でもヒノエはヌクの次はって聞いたから、知盛だって答えただけ。
もう知盛はいないけど、それでも三番目に好きなんだ。

「そうだったな。オレも梓が一番だからな」
「ありがとう。こんな穢れた私を愛してくれて」

一番になれて嬉しかった。
私はヒノエの一番で、ヒノエは私の一番。
大切で好きな人。
愛という言葉はまだ分からないけど、きっとヒノエは教えてくれるよね。

「本当に今日の姫君は、オレを誘惑するのがうまいね。こりゃオレもそろそろ本気にならないといけないみたいだな」

そう言って、ヒノエは私の頭上に口づけをし、再び馬を走らせる。




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