FRAGMENT
□6章 穢れし者の定め
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「悪いけど、オレが案内できるのはここまでだよ」
高野山まで案内してくれたヒノエ様が、ついにそうきり出した。
別れの時。
「私達が上陸したことで熊野は大変なんだよね。ごめんなさい」
望美が申し訳なさそうに謝る。
望美の言う通り、私達が最初に訪れた時よりも、険悪な空気が至る所に漂っていた。
もう平和な場所はここにはない。
あの時が懐かしい。
ヒノエ様がまだ私を好きでいてくれて、いろんなことを教えてくれた。
許されぬ幸せがあの時にはあった。
なのに今は。
ここに来るまでの間ヒノエ様は一度も私を話すどころか気に掛けてくれなかった。
道具には気に掛ける必要ないと言うことか。
「謝るようなことじゃないさ。本当はついて行ってやりたいとこだけど………今は熊野を放っておけないからね」
私のこと以外は前と変わらず、ヒノエ様は優しい。
熊野が一番大切なんだ。
私を平泉に追いやる理由は、私が熊野にいると穢れるから?
だとしたら私はもう二度と、熊野に戻って来られない?
「すぐに片付けて追いつくさ。………だから朔ちゃんお願いだよ」
「分かってますよ。任せて下さい」
何か朔に頼んでいるらしく、朔はニッコリ笑い頷く。
「淋しくなっちゃうね」
「可愛いこと言ってくれるね。だけどオレはそれ以上淋しくてつらいんだよ。姫君の愛らしい顔も声も当分お預けなんだからな」
一瞬ヒノエ様の顔が曇ったように見えたが、すぐに元の笑顔に戻った。
姫君はもう望美のことになったのか。
「うん、そうだよね。絶対会いに戻って来るよね?」
「当たり前だよ。平泉までの旅路は厳しくなりそうだから、気をつけるんだぜ」
そうヒノエ様は自信たっぷりに、望美と約束した。
「梓、こっち来るんだ」
話し合いの末、吉野の里を抜け京を通って北陸道に行くことになり、いざ出発の時私はヒノエ様に呼ばれた。
「ヒノエ、早くして下さいね」
「分かってる。すぐにすむ」
そう言ってヒノエ様は私とヌクを連れ少しだけみんなが離れる。
新たな極秘任務?
「さっきの話理解できたかい?」
「はい。臨機応変な手が必要で、一度でも見つかったらそれで終わりだから慎重に行動すること」
「良くできました。平泉に着くまでの間は、弁慶の言うことを聞けばまず間違いないからね。でも万が一の時は、そうだなヌクと二人だけで判断しても構わない」
私の答えに満足だったのか頭をなぜた後、そんなことを付け足してヌクの頭もなぜる。
ただヌクをなぜてる時はもう私には見せないような顔をしていた。
………さっきから傷つきぱなしだ。
今度ヒノエ様と再会する時まで、本当に感情を捨てないと駄目だな。
ヒノエ様の役に立つ前に、死んでしまいそうだ。
だけど私が死んでも、誰も悲しまない。
「それとだ。オレを嫌いと言った理由を、ここで今聞かせろ」
「え?」
突然今関係のない話になった。
「そのせいでオレ寝付きが悪いんだぜ」
「すみません。だけど………」
「答えないと捨てるぞ」
「それでも、これだけは答えることは出来ません」
恐れる言葉だったが、私は断固拒否する。
それだけは絶対知られては、ならないから。
好きだから失いたくないから、わざと嫌いなんて言ったなんて。
そんなこと言ったら、いくら今のヒノエ様でも傷つくかも知れない。
それにもしかして私の気持ちにも、気づいてしまうかも知れない。
「どうやら朔ちゃんの言ってたことは本当みたいだな。ならお前から口づけをしたら許してやるよ」
「分かりました」
言われるままに、私はヒノエ様に口づけをする。
こんなことで許してくれるんなら、私はいくらでもやる。
それがヒノエ様との最後のお別れだった。