FRAGMENT
□5章 彷徨い続ける天秤
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「ヒノエの幸せは熊野で平和に暮らすことなんだよ」
その幸せには、私は必要じゃない。
「違う。オレの幸せは梓と一緒にいることなんだ」
なのにヒノエは強く否定して、私を昨日のように強く抱きしめる。
身動きが取れなくなって息も出来なくなるが、ヒノエのぬくもりは暖かくて気持ちがいい。
何もかもが昨日と同じ。
本当は私だって、いつまでもこうして、ヒノエの側にいたい。
もっと私に感情を教えて欲しい。
そして熊野で仲良く平和に暮らせたらどんなに良いだろう。
今決めた決意が揺るぎそうだ。
「ヒノエ、なんで分かってくれないの?」
でもそれは、絶対叶うことなどない私の願望なんだ。
「分かりたくないね。オレだってお前を愛してるんだ。だからお前を危険に晒してまで、熊野で平和に暮らしたいとは思わない」
私の耳元で囁くヒノエの声が、心に響き渡る。
鼓動が高鳴り、涙があふれ止まらない。
昨日のように術を掛ければ一瞬怯んで隙は出来るかもしれないけど、その後が持たない。
いくら知盛でも望美達を一人で相手をすることなんて無茶だ。
「だから頼」
バサ
言っている最中で、ヒノエは私の元に倒れ込む。
「知盛、何をしたの?」
「安心しろ。気を失っただけだ。こいつがいたんじゃいつまでも始まらないからな」
いつの間にかヒノエの後にいた知盛に聞くと、当たり前のようにそんな答えが返ってくる。
確かにヒノエは多少荒いが息をしている。
・・・良かった。
「そうだね」
これでヒノエに邪魔をされずに、源氏を倒すことが出来る。
私はヒノエを隅に寝かしつけ、
「ヌク、ヒノエをちゃんと守ってね」
ヌクにそう言い残し、望美達に銃を向ける。
「やはりお前は神子の偽りの穢れた存在」
「先生、何を言ってるんですか?梓ちゃんは私達の仲間なんですよ」
「そうだよ。神子は偽りじゃない」
そう言い私に剣を向けるリズヴァーンに、望美と白龍は強く否定しリズヴァーンの前に立ちはだかった。
穢れた存在。
その通りだ。
私の体も心も、穢れている。
「神子、白龍退きなさい。このままでは神子も穢れてしまう」
「退きません。それに梓ちゃんは穢れてなんていません」
リズヴァーンの言葉は正しいのに、望美はなおも否定して動こうとしない。
だから私は望美に狙いを定め
「私は穢れているよ。だって私はあなたを傷つけることが出来るから」
トリガネをゆっくり引く。
「え?」
バキューン
銃声の鈍い音と同時に望美の肩は赤く染まり流れ、その場にしゃがみ込み顔をしかめた。
私はと言うと、何も感じない。
平然と望美を見ていられる。
「望美。貴様は、それでも人間か?」
「人間だよ。だけど私は人をいくらでも仕留められる」
九郎が私を睨み叫ぶが、私は冷たく答える。
しかし私は、どうして望美を仕留めなかったのだろうか?
「源氏の神子殿も早く剣抜け。今度は俺が相手になってやる。それなら良いんだろう?」
知盛の顔付きが変わり、また血の臭いが漂ってくる。
本気だ。
「俺も神子殿も・・・お前達を逃がすつもりはないぜ?」
「戦わずに済む方法だってあるはずでしょう?」
あれだけのことをされたのに望美はまだ剣を抜かず、そんな甘い考えを言ってくる。
望美もヒノエのように、優しくて戦いは嫌いなんだね。
確かに三種の神器を渡せば、この戦いは終わるかも知れない。
だけど
「それだけじゃ戦いは終わらない。私の戦いは鎌倉を撃つことだから」
私は首を振り、否定をする。
鎌倉を撃たなければ、ヒノエを守れない。
「お前もとうに・・・分かっているんだろう?俺と神子殿をもう殺すしかないと」
「そうか。分かった」
ようやく分かったのか望美は、悲しげな顔をして剣を抜いた。