FRAGMENT

□5章 彷徨い続ける天秤
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「梓だろう?」

身を起こし気配の方に振り向くと、月の明かりに照らされたあいつがいた。
まるで天女のように美しい姿。

これは夢、幻?
それとも現実だろうか?

「良かった。まだ生きてたんだね」

相愛らしい声であいつは呟き、かって見せたこともないどんな花より鮮やかに微笑んだ。
オレが見たかった物。

やっぱりこれはオレの幻想か?
それならそれでいい。
つかの間の幸せでも、こうしてお前と逢えるのならば。

「オレを殺しに来たのか?」
「ううん」

オレの問いにあいつは首を横に振り、微笑んだままオレの唇を奪った。

やわらかい唇に味わったこともない甘い味。

「私の好きなヒノエ」
「え!?」

一瞬の口付けの後、とんでもない聞きたかった言葉を耳にする。
命令ではなく本心からの心がこもった台詞。
しかし

「明日までの辛抱だから、平家が源氏に勝てばヒノエは一生熊野で平和に暮らせるようになるよ」
「梓?」
「清盛様は約束してくれた。私が平家の犬になれば、ヒノエと熊野には手を出さないって」

信じられない言葉も口にした。

梓が平家の犬?
オレのために自分を犠牲にして?

「だからヒノエは今から熊野に帰りなよ。明日は絶対に平家が勝つから」

なおも梓は話を続けるが、もうこの戦の流れは源氏になっている。
平家が勝てるなど、到底思えない。
そしたら梓は死ぬことになる。
それだけは絶対阻止してみせる。

「ならお前も、オレと一緒に熊野に来い」

そう言って梓を強く抱きしめる。

柔らかくてこれ以上強く抱きしめたら、壊れてしまいそうだ。
今の梓はどんな美しい形あるよりも、可憐で美しい存在だ。
これがお前の本来の姿なのか?

「それは出来ない。ヒノエ、離して」

もがき離れようとするが、そのぐらいではオレから逃れられるはずがない。
それどころかくすぐってくって気持ちが良いだけ。

こんなか弱い細い腕で、オレを守ろうとしてるのか?
そんなにこの戦は甘くわない。
しかし懸命な梓も愛らしい。

「イヤだね。絶対離さない。無理矢理でもお前を熊野に連れていく」

ここでお前を手放せば、もう二度とオレの元には戻ってこない。
そんな予感がする。

梓の気持ちは嬉しいよ。
すごく。
だけどお前の好意を素直に甘えるわけにはいかない。

「私が戻らないとヒノエも熊野も危険になってしまうんだよ。だから」
「けどそしたらお前が危険になるんだろう?」
「私はいいの。死ぬのなんか怖くはない」

どうしてそんな恐ろしい言葉を、お前は平気な顔で言えるんだ?
そんな風に育てた奴をオレは何度でも殺してやりたいよ。

「お前が死んだらオレが悲しむ」
「うんそうだね。好きな人が死ぬって悲しいことなんだよね。でも・・・」

何もかも分かり切った口調で悲しげに言った直後、突然体に激痛が走り体の力が抜けていく。

「・・・・」

声も出せない。


「ごめん少しだけ我慢して、二三日すれば元に戻るから。もう私は行くね。・・・今までありがとう」

そう永遠の別れを言って、あいつはオレの元から去って行ってしまう。
引き留めたくても体が言うことが聞かず、あいつの去っていく姿を見届けるしか出来なかった。

オレは今度こそあいつを失うんだろうか?
何よりも大切なお前を・・・。
それは、つかの間の幸せだった。



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