FRAGMENT

□4章 熊野別当暗殺指令
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それからしばらく月日が流れ夏を思わせるそんな気候になった頃、鎌倉へ護送に行っていた景時殿が戻ってくるなり私達は鎌倉殿の命令で熊野に行くことになった。
鎌倉殿の命令とは
“中立である熊野水軍を源氏の仲間にさせよ”
とにこと。
そして私にはそれとは別の、任務を命じられている。
それは熊野に出発する前の晩、景時殿から言い渡された。


「梓ちゃんに、今から言うことはけして誰にも言ったら駄目だよ。鎌倉殿の命令だからね」
「うん」
「特にヒノエ君には、気づかれてもいけないよ」

私がちゃんと頷くにも関わらず、景時殿は駄目押しのように言う。
話の重大さが良く分かる。
私は無言で強く頷く。

「梓ちゃんには、もし熊野が源氏の仲間にならなかった時別当を・・・暗殺して欲しい。鎌倉殿の命令だよ」

すると景時殿は辛そうに暗い顔をしながら、鎌倉殿の命令の内容を告げた。
しかし私にはなぜそんな顔をするのか分からない。
これは私の任務で、景時殿には関係ないはずだ。 
ヒノエには人をむやみに殺したらいけないと命令されているけど、鎌倉殿の命令の方が優先だからやぶっても構わない。

「分かった」
「本当に良いの?それってつまりヒノエ君が敵に回るって言うことなんだよ」

確かにヒノエは熊野水軍の一員だと言っていた。
そうか。
つまりヒノエはそうなったら私の敵になって嫌われてしまう。
もう今までのようにはいかないんだ。
でもそれが鎌倉殿の命令だから、私は従わなければならない。

「・・・鎌倉殿の命令が第一だから、その時はヒノエと戦うよ」

胸が締め付けられる程痛くなるが、命令には逆らえない。
だから私は静かにそう承諾した。




「梓、私達これからみんなで温泉に行くんだけど、あなたも来ない?」
「ううん。行かない。私ヌクとちょっと外出てくる」
「そう?なら気をつけてね」
「うん、分かった。ヌク行こう」
「ワンワン」

私は朔の誘いを断り、ヌクと一緒に宿を出た。


熊野の龍神温泉にたどり着いた私達は、今夜そこに泊まることになった。
順調に行けば明日の夕方には、本宮大社に着くらしい。

鎌倉殿の命令を言い渡されたあの日から、私はなぜか気分が冴えなく眠れない日々が続いている。
こんなこと初めてだ。
今まで眠らなくても大丈夫ではあるが、眠って良い時はいつだって眠れていた。
原因は多分ヒノエ。
ヒノエにもうすぐ捨てられると思えば思う程、胸が痛くなり悲しくなる。
なぜそんな気持ちになるんだろうか?
熊野が源氏の仲間になれば問題ないが、仲間にならないと私の勘だと思う。
私の勘は当たるから、おそらくそうなる。

「ねぇ、ヌク。ヌクは私とヒノエどっちが上?」
「クン?」

誰もいないことを確認した私は腰掛けられそうな岩に座りヌクに尋ねると、ヌクは不思議そうに私を見上げた。

ヌクは賢いし感情って言うのが分かるから、私とは違う。
私がヌクの飼い主だけれども、もしヌクがヒノエを取るのならそれでいい。
ヌクの判断を最優先にする。

「ならヌクはどっちが好き?」
「ワンワン」

質問を変えると意味が分かったのか、私の顔を思いっ切りなめ始める。

ヒノエより私のことが好きなんだね。
良かった。
これでヌクとずーと一緒にいられる。

「ありがとう。私もヌクのこと好きだよ」
「ふ〜ん。ヌクは相変わらず羨ましいね。姫君を一人いじめ出来て」

そんな中頭上の方から、ヒノエの小声が聞こえた。




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