夢幻なる縁

□2章 偽りの婚約者
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「はぁ……」
「帆波ちゃん、さっきからどうしたの? 悩みごと?」

 ハイカラヤでのバイト中私がため息ばかり付くもんだけら、ついにマスターから心配そうに問われてしまった。
 もちろんお客にはため息は見せてない……と思いたい。
 とにかく私は憂鬱でもし逃げ出す方法があったら、迷いなく逃げ出したい気分だ。

「実は近々和歌山から父親方の祖父が来るらしいですが、そしたら夕食の席で婚約者を紹介する事になったんです」
「帆波ちゃんの婚約者と言うと藤堂コンシェルンの若社長の事よね。なんで悩む必要があるの?」

 理由を話しても本当の事を知らないマスターは不思議がるだけだった。
 確かに本物の婚約者なら悩む必要はない。
 おじいちゃまのことは大好きだし、両親や祖父母同様私の事を理解してくれている。
 それに私が喜ぶプレゼントがあるらしい。

「尚哉さんは何かと忙しい人だから急な誘いは困ると思うんです」
「そう言う心遣いが出来る帆波ちゃんが私は好きよ。確かにあの人はいろいろと忙しそうよね?」

当たり障りのない事を言っただけなのに感心されてしまい、私の好感度があがってしまう。

そんなつもりで言ったんじゃないんだけれど………まぁいいか。

カランコロン


「いらっしゃいませ。……げっ尚哉さんに清人お兄ちゃん……」

 ドアが開き営業スマイルでお出迎えすれば、来て欲しくなかった組み合わせに思わず本音が出てしまう。

 なぜこの組み合わせで来る?

「こら帆波、お客様にそう言う発言はよくないぞ」
「どうして?」
「風の噂で帆波がここで給仕していると聞いてね? 清人さんを誘ってきてみたんだよ」
「俺も気になっていたから、ちょうど良かったよ」
「………」

 犯人は尚哉さんのようで相変わらずの口調で言うもんだから、呆気に取られ何も言えなくなる。

 この人は本当に何を考えているのか分からない。
 だけど世の中なめきっているのではなく、人生やり投げに見えどうしても気になってしまう。

「帆波ちゃん、接客接客」
「あ、はい。お客様、こちらへどうぞ」

 マスターから笑いつつも注意され通常業務に戻ると、今度は二人がおかしそうに笑うけどそれはスルー。

 営業スマイルを忘れず奥の人目につかない席に二人を通す。     

「ご注文は頃合いを見計らい伺いに」
「このハイカラヤスペシャルセット」
「同じく」

 メニューを見て数秒で、注文される。

 しかもそれは私が考えた安道名津とカフェラテのセット。
 女性向けに考えたはずがなぜか多くの男性から注文されていた。

 まさかそれを知って?

「尚哉さんは甘いものは平気ですか?」
「激甘ではなければ大丈夫だよ。帆波は甘いものが好きなの?」
「はい。でもコーヒーはブラックも好きです」
「豆の味を確かめたいとか言って、変に大人ぶってるんですよ」
「え?」
「違います。本当の事ですし、何より眠気覚ましには丁度良いんです」

清人お兄ちゃんが余計なことを言って私を怒らすけれど、また尚哉さんの笑顔が一瞬凍り付き元に戻る。

なんで度々そんな表情を見せるの?

「尚哉くん?」

 私が気づくんなら当然清人お兄ちゃんも気づき首をかしげる。

 眞佐之お兄ちゃんはおばあちゃん似でいろいろと悲しいぐらい鈍感だけれど、我が家は基本勘が鋭い。

「今は亡き知り合いも同じ事を言ってたんで、つい思い出してしまって。気が強くて根性馬鹿でお節介のとんだお騒がせ娘でしたよ」
「そうでしたか」
「………」

 理由を聞いて私も再び悲しくなり、気づかれる前に無言のまま軽く会釈してカウンターに戻る。

 多分その人が昼間言っていた尚哉さんが好きな人なんだと思う。
 尚哉さんの好きな人は死んでる人。
 勝負も何も出来ない。
 なんかそう言う失恋決定の恋愛はしたくな……しなければいいのか。
 私の好きな博士が誰かを思い出せば、尚哉さんに対する違和感は綺麗さっぱりなくなる。
 だけどもしも博士が尚哉さんだったら?



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