夢幻なる縁
□本編前
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「シスター、何をしてるんですか?」
「バースデーケーキを作ってるんだよ。明日は博士の誕生日だからね?」
真夜中静かにケーキ作りをしていると萬がやって来て不思議そうに問うから、萬にならと思い隠すことなく教える。
明日は博士の誕生日。
博士のことだから自分の誕生日なんて忘れてるか覚えてても興味ないだろうから、せめてケーキとプレゼントで祝おうとしている。
いつもお世話になっている以上に、好きな人だからなおさら。
しかし萬は納得せず首を傾げてしまう。
「誕生日とは生物がこの世に産まれた日の事。それは喜ばしいことなのでしょうか?」
「萬は博士がいてくれて嬉しくないの? 萬の誕生日にもお祝いするからね?」
「え、私にも誕生日があるのですか? 私は自働人形なのですよ」
「萬が目覚めた時が誕生日。私にとって萬は可愛い弟分だから、お祝いするのは当然でしょ?」
相変わらずの辞書そのものの意味で解釈している萬に、母親の気持ちになり例えを言って教える。
そう教えてもたまに理解してくれない時もあるけれど、今日は表情が和らぎどこか嬉しそうだから理解してくれたのだろう。
大体萬はボディーは機械だけれど、心は神様がくれたものだから人間と変わらないと思う。
「だったら私も手伝ってよろしいでしょうか? 私も博士を祝いたいです」
「うん! 一緒に作ろう」
正しい解釈をしてくれ、これでまた萬は少し感情を学んだ。
「博士、お誕生日おめでとうございます。これ私からのプレゼントです」
「一応ありがとう。本当に君はこう言うイベントが好きだよね? ハロウィーン、クリスマス、お正月、豆まき、バレンタイン、お雛様」
「はい、大好きです。我が家は全員大好きだったはずです」
仕事が一段落したのを見計らい、私は隠し持っていたプレゼントを博士を祝いながら渡す。
もはや怒る気力もないのか、心ないお礼と嫌味が返ってくる。
予想通りの反応にこっちも腹は立たず開き直るだけ。
受け取ってくれればそれでいい。
「そう。なら亜理紗も好きだったんだ。それでいて君に振り回されてたんだろうね?」
「・・・だと思いますよ」
お姉ちゃんの名が出て来て、博士の表情は微かに和らぐ。
博士はお姉ちゃんが好き。
お姉ちゃんには恋人がいて死んだ今でも・・・。
だから私の片想いは自覚したその瞬間から、結ばれることはない失恋が決定している。
死んでいるのだから可能性があるんだといつもの私なら前向きに考えるんだけれど、死んでいてもお姉ちゃんには勝てる気がまったくしなかった。
それだけ博士にとってのお姉ちゃんは綺麗で優しくて崇拝していて、私はお姉ちゃんの忘れ形見でカスミ草でしかない。
それでも今はまだ博士の傍にいられて役に立てるのなら、それだけでも私は幸せ。
だけどさすがに博士がお姉ちゃんの話をして幸せそうな笑顔を見せられると、胸が苦しくなって悲しくなる。
博士もそうだったんだよね?
お姉ちゃんと恭介さんが恋人だった分、私よりもっと苦しかったんだと思う。
「シスター、持ってきました」
「ありがとう萬」
ちょうど良いところに萬がケーキの箱持って来てくれたから、私は気を取り直して元気を出しそれを受けとる。
ささやかだけど楽しい誕生日会をしよう。
「それは何?」
「誕生日と言えばプレゼントとケーキですから、昨夜萬と一緒に作った・・・え?」
問われた問いに答えている最中、何かに躓き博士の頭上にケーキをぶちまける。
漫画のような光景だった。
「博士、すみません。萬、博士の着替えを持って来て」
「はい」
「この大馬鹿助手!!」
ガツン
特大の雷を落とされ、げんこつを食らう。
「本当にすみません。わざとじゃないんです」
「そんなの当たり前。もしわざとなら追い出してる。君はどうしてそんなに注意力が足りないわけ? 馬鹿じゃないんだから、少しはこの頭で考えて慎重に行動する」
「分かりました。すみません」
謝ってもなかなか許してはくれず今度は頭をこつかれお説教は続くけれど、こればかりは私が全面的に悪いので何も言い返せず。
開き直って言えばドジはおばあちゃんの遺伝だからどうしようもない。
なんて言ったら余計怒られるから、ここはちゃんと反省しよう。
「本当に反省してる?」
「もちろんです。お詫びに私が出来ることならなんでもやります。徹夜で実験とか」
まるで私の心を読んだかのように疑いの目を向ける博士に、私は大きく首を縦にふり調子のいいことを言ってしまった。
すると博士はニヤリと不気味に笑い私に近づき、
「だったら今夜僕の部屋に来てよ」
「え?」
「君も女性なだから、僕を癒せるよね?」
などと耳元で甘く囁かれ、心臓が跳び跳ねる。
それは言うまでもなく私を誘っていて、普通ならそれは博士も私の事が好きって意味。
だけど
「博士は好きでもない女性を抱けるんですか?」
私は博士と言う人物を知っていた。
とにかくチャラいってこと。
お姉ちゃんのことを忘れられない癖に、多くの女性と噂がある。
どこからどこまでが本当か分からないけれど。
「そりゃぁ僕にだって許容範囲はあるけれど、大丈夫君は範囲内だから。それに君処女でしょ?」
「!!」
「図星。このご時世なんだからそう言うことは早めに済ませた方がいいよ」
「それっていつ死ぬか分からないってことですか?」
「そう。兄さんや亜理紗みたくね。嫌でしょそんなの?」
話の筋が脱線してきて博士は諦めの触れてはいけない言葉を平然と言い出す。
途端にそう言うことを言えてしまう博士が可愛そうになり、切ない気持ちが増してきて涙が溢れこぼれ落ちる。
私だって二人の死はショックで何日も体調が優れなかったけれど、二人の意思を継ぐことがきっと二人の供養になると考えた。
そして二人が望んでいた幸せな未来を見届ける。
「そんな悲しいこと言わないで下さい。私は絶対に死にませんから」
思わずそう言ってしまったけれど、私が死んだってきっと博士は何もダメージを受けない。逆に清々するんだと思う。
「すまない悪かった。今のは全部嘘だから」
「本当ですか?」
「本当本当。君があまりにも軽はずみなことを言うから、ちょっとからかっただけだよ」
いつもなら私が泣こうが怒ろうがお構いのない博士なのに、今日はどう言うわけか軽い口調ではあるけれど博士なりに慰めてくれているんだと思う。
あまりのことに涙はピタリと止まり、博士をまじまじと見つめてしまう。
困り果ててる博士の表情が新鮮すぎてしばらく見ていたいけれど、そうしたら気持ち悪がられて毒牙を浴びるだけ。
だからいつもの私に戻ろう。
「冗談を真に受けてすみませんでした。今日は博士の誕生日なのに、何迷惑かけまくってるんだろう?」
「まったくだよ。いかにも単純な君らしいと言うなんと言うか。僕が戻ってくるまで、綺麗に片付けとくんだよ。僕はきれい好きなんだから」
「了解です」
博士もいつもの博士に戻ってそう言い残し研究室から出て行くけれど、ケーキの残骸がこぼれ落ち続けかなりおまぬけな状況になっている。
原因は私にあるとは言え面白い物は面白くて、博士に気づかれないよう静かに笑ったのは言うまでもない。
もし来年の誕生日も祝えることが出来るのならば、今度はちゃんと喜んでもらえるようにしたい。