夢幻なる縁
□本編前
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2144年
記憶をなくした私をお姉ちゃんと言う人とその彼氏である恭介さんに拾ってもらい二人が亡くなる少し前、恭介さんの弟である博士に引き取られ助手として働くようになり四年の月日が流れた。
しかし朧気ながらも戻っていく記憶だと、お姉ちゃんは私が幼い時に死んでいる。
それだったらどうしてあの人は私の姉だと名乗ったのだろうか?
真相を確かめたくても知っている人はどこにもいなかった。
本当なら博士にだけはこの真実を話すべき何だろうけれども、きっと博士は私が妹だから助手として引き取ってくれたんだと思う。
だからもしそれが嘘かも知れないと分かったら、博士は怒り狂って私は解雇されて路頭に迷ってのたれ死ぬ。
好きな人の妹でない私は何も価値がない。助手として優秀だとは思っていてくれたとしても、それ以上に優秀な萬がいるから私がいなくなっても困らないと思う。
萬は黒龍の神子であるお姉ちゃんが死んで黒龍が博士と何かの契約の際産まれた魂らしく、ボディーは博士と私が作った高性能アンドロイド。
だから感情も教えれば豊かになるはずなのに、博士はそんなの必要がないと言って教えていない。
姉と任命された私がいろんなことを教えて食事機能も付けたら、バレて雷を落とされたことがあった。
それでも私はめげずに隠れて教えているのだけど、どうやらたまに博士に消去されているらしい。
そんな訳だから私は死んでも亜理紗さんの妹で居続けようと決めたんだ。
例え博士にとっては好きな人の忘れ形見としか見られてなくても、傍にいられることを許してくれるなら私はそれだけで幸せだから。
「ついに完成したよ」
「やりましたね博士」
東京を救うため何度も試行錯誤を重ねてようやく完成させたロンド。
これは簡単に言えば洗脳薬だけれど、陰陽術と現代科学を融合させているから人体に害はない。
「これで東京が救われる」
「きゃぁ?」
いくら博士でもこれにはよほど嬉しいらしく私をギュッと抱き締めてくるから、驚きすぎて反射的に悲鳴をあげてしまう。
心臓が口から飛び出しそうなぐらい高鳴り出し、博士の匂いが良い匂いで気絶しかける。
何これは?
夢か何か?
「そこできゃぁはないんじゃないの? そんなに僕に触れられるのがいや?」
「え、そうではなくって・・・」
「ふーん。ならいいんだ?」
私の恋心なんってこれっぽっちも知らない博士は勘違いしムスッとなるけれど、私の曖昧な反応に抱き締めたまま頬に手をあて顔を近づけ微笑む。
何もかもが許容範囲を大幅に越えてしまい頭に血が登り噴火。
考える機能を失った私は力の限り博士の脇腹を殴り離れる。
どうも私はキャパオーバーを起こすと凶暴化し、誰であろうと殴ってしまう。幼い頃護身術を習っていたため、急所は外さないし威力は大。
「イタタ。君はどうしてそう凶暴なの?」
「す、すみません。本当におっしゃる通りです」
痛そうに顔をしかめお腹を擦りながら、いつも通りお説教が始まる。お説教されるのはと当然なので、泣きたい気持ちを押し殺し小さくなって反省する。
本当も何も嬉しいのに、なんで私は大好きな人をいつも傷つけてしまうんだろう?
「・・・僕だって傷つくんだよ?・・・」
「え?」
「なんでもない。今からこの資料を本部に持っていくから、君は萬と片付けと資料の整理をしておいて」
「はい、わかりました。くれぐれもその資料を盗まれたり、忘れたりしないで下さいね?悪用されたら大変ですから」
何かを呟いたと思ったら素っ気なくそう言われ外出しようとするので、私は気を取り直して少し生意気なことを言って見送る。
人の心を洗脳するロンドは、使い方によっては危険なもの。
「それぐらい言われなくてもわかってる。そもそも君じゃないんだから」
「ですよね? 博士は絶対にロンドを悪人に渡さないって、私は信じていますから」
「何それ? 君に心配されるほど、僕は危なっかしくないよ」
どんなに馬鹿にされても腹は立たずに勝手に決めつけ断言すれば、博士は呆れきって凸ピンし出ていった。
確かに危なっかしいのは私の方。
何度データを紛失仕掛けて大騒ぎしたことだか。
ピリピリして痛いおでこを擦りながら、今までのことを思いだし苦笑する。
「あれ、そう言えば萬は?」
「私ならここにいますよ。二人の邪魔をしたらいけないと思いまして、席をはずしていました」
「変な気を使わないでいいから。・・・恥ずかしいじゃない?」
「申し訳ございません」
さっきから姿を見せない萬が気になり辺りを見回すと、なぜか柱の物陰から出てきて顔色一つ変えずに恥ずかしいことを言ってくる。萬に一部始終見られてしまった。
たちまち顔が真っ赤に染まり再び心臓が高鳴り、声を裏返し激怒すると萬はシュンと落ち込んでしまう。
「いや、そこまで反省しなくても良いから。ただ今度は私が博士を殴りそうになったら止めてね?」
「かしこまりました。しかしシスターはどうして博士のことが好きなのに、抱き締められたら殴られるのでしょうか?」
萬は私が博士を大好きなのを知っている。
萬になら素直になんでも話せるから、よく愚痴とか悩みを聞いてもらう。
・・・正論過ぎる容赦のない機械的な答えにいつも泣かされるだけだけど。
「それが分かったら苦労しないよ。でももしあそこで殴ってなかったら、どうなってたんだろうね?」
「おそらくキスではないのでしょうか? 博士は男性でシスターは女性ですから、それ以上のことになったとしてもそれが自然の流れかと思われます」
「ば、馬鹿? 人間は理性を持っているんだから、そう言うことは愛し合った人とじゃないとやらないの」
萬に聞いた私が馬鹿で今回もまた機械的なごもっともなアダルトの答えに、口を思いっきり押さえ人間の道徳と言うものを教える。
特に博士はチャラいとは思うものの、そう言うことは慎重だと思う。
案外お姉ちゃんが初恋で忘れないと言っているのだから、チャラいけれど最後までしてないのかも知れない。
だとしたら二人とも一生童貞?
「ですが、シスターは博士のことをお慕えし愛しているのですよね? 人と言う者は欲深い生き物と書物に書いてありました」
「だから何? 私は博士にそれ以上の関係を望んでると言いたいの?」
「はい、そうです」
馬鹿な共通点を見つけて少し浮かれている私を、萬はいつも通り容赦なく奈落の底に突き落とす。
遠回しの警告をしても分かってもらえず、迷いなくすんだ瞳で見つめられ頷かれた。
その瞬間、私の何かが壊れ砕ける。
「・・・萬、確かに人間は欲深い生き物かもしれないけれど、多くの人間はそれを必死になって押し殺して生きてるんだよ。本望のままに生きていたら、社会はなりたたないの」
涙か自然と溢れ次から次へと大粒の涙がこぼれ落ちる。
どうして私はこんな頭にきているんだろう?
萬の空気の読めなさはいつものことじゃない?
私の禁句を言われたから?
本当はそれ以上の関係を望んでる?
「それはやってみないと分から」
「分かるの。だって博士はお姉ちゃんのことが今でも好きなんだから、私が入る隙なんてどこにもない」
「!! 申し訳ございません。出すぎた真似をしました」
「・・・私、頭冷やしてくる」
ようやく萬に分かってもらえて私も少しだけ冷静に戻れたけれど、今は萬と二人っきりになりたくなくって部屋を飛び出す。
人間は欲深い生き物。
好きな人の傍にいられるだけで幸せだったはずなのに、いつのまにか私はそれ以上の関係を望んでいる。
博士の彼女になりたい。
手を繋ぎたいとか、抱き締めて欲しいとか、キスしたいとか、
最近そんな願望が強くなっていって、好きな気持ちが止められないほど大きく成長し続けている。
いつか爆発しそうで怖い。
この気持ちを絶対に知られてはいけないのに、心のどこかでは知って欲しいと思ってしまう。
片想いは最初は楽しいけれど、だんだん辛くて苦しくなるだけ。
そもそも私はどうして博士をこんなに好きになってしまったんだろうか?
イケメンで秀才で高身長。
外見とスペックは最高だけど、性格は最悪に近い。
意地悪だし冷たいしどSだし、いつまでも初恋相手を想ってるある意味ねくら?
良いとこ以上に欠点だらで私のタイプではなかったのに、時たま見せる優しさと人間らしい弱さに心引かれてしまった。
気づいたときには、元には戻れず。
ギャップ萌えは反則だ。
「なんか冷静になってみると馬鹿丸出しだね私」
泣くだけ泣いて弱音を吐いたら気分はスッキリしすっかり元の私に戻ると、逆に愚かな行為をしてしまった自分に苦笑する。
また何も悪くない萬に強く当たりして、弱い私を見せてしまった。
それに博士から頼まれた仕事を全部押し付けちゃった。
すぐに謝まらないと。
「萬、さっきはごめんなさい」
「シスター、良いんです。私がよくも考えずにぶしつけがましいことを言ってしまい、シスターを傷付け泣かせたのですから。愚かな私をどうぞ罵倒し処罰下さい」
「・・・萬、そのどM発言はどうかと思うよ。博士も何してんだが」
すぐに萬に謝ってみたものの、すっかり全責任は自分にありますと言わんばかりの言い方をされ反省してる。
こうされると余計罪悪感は産まれると同時に、やっぱり博士は間違った方向に育ててる気がしてたまらない。
萬の姉代わりの私が、なんとかしなければ。
「しかし・・・」
「ならこのことはお互いにきれいさっぱり忘れてなかったことにしよう」
罰なんて与えられるはずもなくでも何か言わなきゃ拗ねるので、都合よく忘れて欲しいと頼んでみる。
拗ねるとか凹むとかいじけるとかそう言うマイナス思考はいつの間にかに芽生えて、内心本当に萬はMじゃないかと疑っています。
博士は完全なるどSなんだけど。
?
そんな博士を好きになってしまった私はMなんだろうか?
「それでよろしいのですか?シスターは本当にお優しい方なのですね」
それで驚きながらも頷き、微かな笑顔を浮かべ言われてしまう。
博士に言うと気のせいの思い込みだと罵倒されるけれど、それは絶対にないと断言出来る。
「なら仲直り。もう全部やることは終わったの?」
「いいえ。シスターしか出来ない作業が残ってます」
「分かった。さっさと片付けるね」
「今帰ったよ」
「あ、博士、お帰りなさい。どうでしたか?」
勝手に仲直りして残された作業をやろうとしたら、声からして軽い博士が帰ってきた。手には博士には似合わない洋菓子の箱を持っている。
「すぐにでも実行してくれるって」
「それはおめでとうございます。なら今夜はお赤飯?」
「本当に君はおかしな子だよね? 祝いに赤飯なんて一体何百年前の話?」
「うっ・・・。だけどそんな大昔じゃない」
上機嫌の理由は私にも嬉しいことで浮かれてしまいつい余計なことを言ってしまい、また博士に奇妙がられて突っ込まれる。
お祝い事はお赤飯。
ここでは古風だけではすまされない大昔の習わし。
「そう? まぁ今日は君の好きなようにすれば良い。それからケーキを買ってきたから、食べよう。萬、紅茶を用意して」
「かしこまりました」
いつもだったら速攻却下されるのに、今日は認められしかものケーキのお土産付き。
ここまで優しくされると、何か裏があると疑ってしまう。
明日は槍が降る?
「何その目は? 僕のケーキがいらない訳?」
「いいえ、いります。ケーキ大好きです」
疑っていることが目に出てしまったらしく博士の機嫌を損なわしてしまうけど、急いで訂正しケーキの箱を奪い取るようにもらう。
箱を開けると、雑誌に乗ってた有名パティシエのショートケーキが二つと小さいショートケーキ。 萬の分まで買ってきてくれたんだ。
「うぁ〜、これ一度食べたかったんですよ。ありがとうございます。高かったんですよね?」
「このぐらいどうってことないよ。その分今以上に働いてもらうから」
「はい、いくらでも喜んで働かせてもらいます」
すでにショートケーキしか頭にない私は軽はずみな返事をしてしまい、後で地獄を見ることをこの時は知らずにいた。
この仕事は大好きだけど、ブラック企業も良いところ。
早朝から深夜まで仕事。三時間寝れれば良い方だ。
休みだって半月に一度だろうか?
「まったく。こんな物でそんなやる気が出るんなら、また買ってきてあげるよ」
「本当ですか? 嬉しいです」
そんな私をもろに馬鹿する博士だったけれど、気まぐれな優しさはまだある。
ますます嬉しくなる愚かな私がいる。
まだ私は頑張れる。
片想いでもやっぱり博士の傍にいたいから。