夢幻なる縁

□本編前
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 博士の三度目の誕生日。

 一昨年はケーキをぶちまけてしまい博士を怒らせ失敗に終わる。
 去年は危機を回避するかのように、前日から泊まりでどこかに行ってしまった。
 今年こそはちゃんとお祝いしたいけれど、素直にそんなこと言ったら気持ち悪がられるだけ。
 私は単なる博士の助手でしかないんだから。




「ねぇ、僕に何か言うべき事はあるよね?」
「お誕生日おめでとうございます」

 朝博士と蜂会うなり突然問われるから、キョトンとしつつも素で祝ってしまう。
 しかし博士のことだからもっと違う何かを聞いているんだと思う。

 何か私博士に頼まれていたことあったっけぇ?

「まぁ確かに今日は僕の誕生日だけど、自ら祝いを求めるほど落ちぶれてないよ」
「ごもっともです。じゃぁ?」
「君が人工冬眠の論文をどうしても書きたいと言ったから、僕が承認して提出しなきゃなったんじゃない?まったく余計な仕事を増やすんだから」
「あ、それなら昨夜提出しました。だってあれは大発明だから、ちゃんと発表するべきですよ」

 博士の嫌みは日常茶飯事なので柔軟に受け交わし、明るく会話を進める。
 しかしいつもより機嫌が良い。

 博士との研究で何かの拍子に出来てしまった人工冬眠させる薬。
 終戦させることしか頭にない博士は興味を示さず片そうとしていた所、私が無理矢理奪い論文を書くことにした。
 終戦してノーベル賞が復活した時絶対に取れるから、その時のために発表をしておく。
 もちろん博士の名前で。

「そう。なら読ませてもらうよ。それから今日は徹夜確定だから」
「博士もですか?」
「当たり前。君と萬に任せられないよ」
「ですよね。なら今夜は博士の誕生日会できますね?」
「………本当に助手以外は馬鹿だよね?一層すべて無能なら、追い出せるのに」
「褒め言葉に取っておきますね?」

 愚痴を言う割には否定はしてないので、私も確認なんてせず強行突破することにした。
 それに博士が否定しない時は、いいってことを私は知っている。
 寧ろして欲しい?







「博士、改めましてお誕生日おめでとうございます」
「今回はケーキをぶちまけなかったね?」
「萬に運んできてもらいましたからね。萬、ありがとう」
「シスターのお役に立てて嬉しいです」

 ようやくありつけた夕食を食べる前に、私はもう一度博士を祝う。
 嫌味を言われてもうまく交わし、セッティングしてくれた萬に感謝する。

 先日また萬の感情を初期化してしまい現在執事のように席には座らず博士の傍に待機し、私の言葉にも無表情で機械的な答えが返ってくるだけ。
 ただ記憶は消さないでくれてるから会話は成立する。きっとそこまでしたら博士自身の研究に支障が出るから困るんだろう。

「博士、そんなに萬の事が嫌いですか?」
「別にそんな感情なんてないよ」

 相変わらず萬を道具でしか考えていない答えに腹が立つものの、今日は博士の誕生日だからグッと我慢してワインで呑み込んだ。
 萬に視線を変えてもやっぱり無表情。
 せっかく最近の萬は感情が芽生えてきて可愛かったのに、また一からやり直しなんで骨が折れる。
 だけどここで辞めたら博士の思う壺。
 そのうち絶対に萬は私達と同じだって認めさせて見せる。

 心に固くそう決意し、再びワインを呑む。

「お酒なんて呑んで大丈夫なの?」
「はい、最近呑めるようになりました。特に芋焼酎が好きです」
「そう」

 そんな私に驚きを見せる博士は私が成人したことを知らなかったようだ。
 もう成人して半年以上経ち式典にも行ったと言うのに、本当に博士は私のプライベートに興味がないんだな。
 なんかそう考えると悲しくなる。

「博士、もう私達三年近く一緒にいるんですよ」
「そうなの?なら本当に君も萬と同じでマゾなんだね?」
「なんでそんなことになるんですか?」

 少しは距離を縮めたくなり強気に話を切り出してみたのに博士と来たら目を真ん丸くして、普通では考えられないどS級の答えが返す。
 飛んでもない答えに椅子からずれ落ちそうになる。

 そこでなんでマゾ発言?

「だって僕の嫌味と愚痴を三年近く聞いているのに、僕から逃げていかないんだよ?僕だったら絶対逃げてるよ」
「私は博士の博士として尊敬をしてますし、博士より先には死なないって約束しましたからね。その辺はもう諦めてますから良いんです。大体自覚があるなら少しぐらいは優しくして下さいよ」
「無理。なんで僕が君に優しくしないといけないわけ?そんなことしたら君は調子にのって誤解するじゃない?」
「誤解るはずなんてないですよ。博士の好きな人は未だにお姉ちゃんだって知ってますから」
「なら僕のこと未練がましいバカな男とか思ってんじゃないの?亜理紗は兄さんの恋人でもう死んでから三年近く経っているのに未だ忘れられない」

 結局普段通り激しくはないもののたわいもない口論となり、挙げ句の果てには博士の表情が凍り付き傷つけてしまった。

 まだ博士はお姉ちゃんのことをまだ忘れられない。
 一般的にはそれは気持ち悪いとかドン引きなのかも知れないけれど、私もそうなったら同じだと思うから同情するだけ。

 早く博士にもお姉ちゃんより素敵な人が現れると良いのにね?
 何があっても博士の傍にいて支えてくれる優しい人。
 ……私じゃ無理だから。

「博士にもいつか現れてくれますよ。運命の人」
「運命の人ね?君には現れそう?」
「どうですかね?当分無理だと思いますよ」

 あなたを愛している。
 あなたの傍にいられるなら、恋愛感情なんて捨てても良い。
 あなた以外の愛なんて欲しくない。

 それが私の素直な気持ち。
 もしちゃんと声に出して伝えることか出来たら、博士はどんな反応をして返事をしてくれるんだろう。
 残酷なまでに気持ち悪がられて貶されるだけ?

「やっぱり、君はまだまだお子様だね?」
「いいじゃないですか?相手がお子様なら何も心配する必要ないですし」
「そうだね。相手が君なら余計な心配もいらないしね」

 そんな私の気持ちなど知らない博士は私を能天気娘だと思ったらしく、弱冠呆れ気味になり私と一緒に開き直り小馬鹿にする。
 ムッともする場面ではあるけれど、いつもの博士に戻ってホッとした。
 今はまだ恋人になりたいと言うより、ただ傍にいたい気持ちの方が大きいから。

「そうですよ。なので今日は暴飲暴食しましょう?」
「何言ってるかな?まだ研究は山ずみで今夜は徹夜。特に酔っぱらいはいらないから。そんなことになったら氷水風呂に放り投げるよ。それとも僕が君を大人の女性にしてあげようか?」
「どっちも結構です。調子に乗ってすみませんでした」

 選びたくない選択を叩きつけられ、全面的に謝り食事を始める。
 それから私達はそれなりに食事を楽しんで、研究を再開するのだった。



 冗談だとは思うけれど、私を抱いたら博士はきっと後悔する。
 愛する人の大切な妹を傷つけることよりも、少なからず同じ何かを錯覚してしまう。

 私はそれでも博士に抱いてもらったら、嬉しいんだろうか?
 例えお姉ちゃんの代わりだとしても、博士から愛されたいと思っている?


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