夢日記

□本編
33ページ/33ページ

あたしは慌てて後に振り向くとそこには見覚えがある男の人が、微笑みながらあたしを見ている。
どこかで見たよく知っている人。

え〜とどこだっけぇ?
確かあたしの部屋でもイベント?
ってままさか?

あたしは顔が一致するある人物を思い出した瞬間、体中の血の気が引き青ざめる。

「な直兄?」

問う声が裏返っているのが分かった。

「ピーンポン。よく分かったね」

男性イヤ直兄はやたら明るく答え、あたしの元にやってくる。

ありえない。
って言うか今の叫び声、聞かれていたとかする?
事情を知らない他人から見れば、あたしはバカ以前におかしい人だって思われる。
だってヒノエ君はゲームの架空キャラ。
そんな人に見ていてねとか言っちゃって。
しかもあたし今泣いているんだっけぇ?

取り敢えず涙をふき取り、苦笑いで誤魔化すことにした。

今更遅いと思うが………。

「あたし直兄の大ファンなんです」

何を言えばいいのか分からず、適当に当たり障りのないことを言ってみる。
事実本当のことだし。
シリアスモードが一気にギャグモードに変わった。

「本当に。嬉しいな」

と言って握手を求められる。

なんか噂で聞いていた直兄よりも随分社交的なんですけど、直兄って人見知り激しいんじゃなかったっけぇ?
噂は所詮噂なんだね。

「あたしも直兄に会えて嬉しいです」

本当はこんな最悪な会い方をしたくなかったけど、会ってしまったのはしょうがない。
おそらくもう二度と会うこともないだろう。
そう思いながら話を合わせ握手をした瞬間、あたしの顔から笑みが消えた。
ヒノエ君と同じ温もりがする。

「もしかしてオレのことがまだ分からないの?オレは雫のことすぐに分かったのにひどいな」

戸惑った表情で直兄を見ると、直兄が突然ヒノエボイスでイタズラっぽく囁いたのだ。

「ヒノエ君なの?」
「そうだよ。オレの愛しい姫君」

あまりにも突然のことで、頭の中が混乱する。

あたしバカだから理解出来ないんだけど、直兄はヒノエ君の声の人なんだよね?
だからあたしをからかってるの?
あたしがさっきあんなこと叫んでたから?

だとしたら直兄は最低だ。
せっかくヒノエ君のことを忘れようとしてたのに、そんなことしたら忘れないじゃん。
だけどなんであたしの名前を直兄が知ってるの?
あたしが好きなヒノエ君と同じ温もり感じるの?

「その様子じゃ、また理解してないんだね。つまり僕が君の夢でヒノエをやってたわけ。どうしてかって聞かれたら、僕も分からないけどね」

いつの間にか元の直兄に戻っている。
ありえないとも思うが、あの夢自体ありえないことだから本当ってことも考えられる。

それに温もりだけではなく、良く直兄のこと見ればあのヒノエ君と同じ………。

「………信じて良いんですか?」

直兄の言葉がなぜか信じられ、あたしは小声で問う。

あたしの想いが奇跡を呼んだんだね。
それとも白龍のおかげかな?

「もちろんだよ。だけど僕は………」

だけど直兄の顔が、いきなり真顔になり暗くなる。

「え?」
「君の知っているヒノエだけど、ヒノエじゃないんだ」

意味ありげな言葉に、あたしの顔にも不安が過ぎった。

それはつまり?

「それはあたしのことは好きじゃないってことですか?」

だとしたらなぜ、そんなこと言ったのだろうか?
期待されるようなことを。

一瞬だけ期待しちゃったじゃない?

「いいや。そうじゃなくって、僕はヒノエと全然違う性格で年だってかなり上なんだ」

と辛そうに呟く。

言われてみれば確かにそうだ。
でもそしたら、

「そんなこと言ったら、あたしだってあんな強くないし、ギャップはかなりあるかと思います」

夢では無敵でも現実では、何も出来ないただのオタクの女性。

それに直兄程じゃないけど、あたしだって結構年を誤魔化してた。
だから直兄の知っている雫ではないかも知れない。

「でも雫ちゃんの性格は、変わらないだろう?」
「たぶん」

まぁ性格の基本はあたしだと思うけど、やっぱりギャップはある。

「だったら僕は雫ちゃんのことが好きだよ」

なのにいきなり告白されてしまった。
あの直兄に。

これは夢なんかないんだよね?

「だからまず友達から始めてくれないかな。そして本当の僕を知って欲しいんだ」

続けてそう優しく言った。
直兄を見るといつの間にか笑顔に戻っていた。

ヒノエ君に見えた。
二つの異なる人格が、ようやく一人の人格に重なったのだ。
再び涙が溢れ落ちる。
今度の涙はうれし涙。
やっと巡り会えたんだね、あたし達。

「……はい。宜しくお願いします」

最後にあたしは泣きながら笑みを作り、元気良く頷く。


直兄は気付いてないけどいくらヒノエ君を演じていても、あのヒノエ君の性格は直兄なんだよ。
だからあたしも直兄のこと、きっとすぐに好きになると思うんだ。
そしたら今度こそこの物語は、ハッピーエンドで終わるんだよね。





好きな人と二人で見る三段壁の沈む夕日は、あの時と同じくらい、綺麗な眺めだった。








前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ