夢日記

□本編
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会社が終わり駅に向かう途中のことだった。

「外山先輩、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「外山先輩も今帰りですか?」
「うん。そうだよ」

最近残業続きだったけど、今日は定時に帰れることになったんだ。

「そうですか。それじゃぁ、良い休暇を」

それだけしか言わずヒノエ君は、いつも通り帰ろうとする。
年の近い後輩達ならいつも誘っているのに、あたしは誘ってくれないんだ。

ねぇ、ヒノエ君。
ヒノエ君は本当にあたしのことが分からないの?
泣くことも出来ないけど、あたし最近不眠症になりかけてるんだよ。
暗闇と一人になるのが怖くって、電気とテレビとコンポは付けっぱなしで気を紛らわしてる。
今みたいな何気ない一言でさえ言われると結構きついんだ。

あたしってやっぱり弱虫なんだよね。
これ以上傷つくのが怖いから、自分の殻に閉じこもってる。
でも明日からお盆休みでヒノエ君と、一週間も逢えないんだよ。
そんなの今のあたしには耐えられないんじゃないの?
だから少しは勇気を持って、こっちから誘ってみようよ。

「藤原君、待って。途中まで一緒に帰らない?」

そう思ったあたしは、恐る恐るヒノエ君を呼び止める。

これがあたしの今出来る精一杯の勇気。
するとヒノエ君は足を止め、再びあたしの元に近づいて来た。

「いいですよ。だったら夕食も一緒に食べませんか?」
「うん。いいよ。何食べに行こうか?」

予想よりも遙かに良い答が返ってきたので、あたしの顔に笑顔が浮かんだ。

「外山先輩の手料理」
「あ、あたしの?」
「はい」
「良いけど、まずくても知らないからね」

笑顔のヒノエ君に、あたしは断れずついOKを出してしまった。
どう言うつもりでそんなことを言うのかは分からないけど、きっと深い意味はないんだよね。

「夕食が出来るまで、適当にくつろいでてよ」
「分かりました」

あたしはバカ見たく緊張していて心臓が高鳴っている。
今この家にはあたしとヒノエ君だけ。
邪魔する者は誰もいない。
だけどヒノエ君の気持ちが分からない今そんなの関係ないんだよね。

きっとこのまま終わるん

「!!」

そう重たい気持ちになってヒノエ君の所に飲み物を持っていくと、ヒノエ君はYシャツの一番上と二番目のボタンを開け近くにあった団扇で扇いでいる。
あまりの色っぽい姿に数秒見取れてしまう。

「そんなにオレのこと気になります?」

そんなあたしに気づいたらしく、ヒノエ君はかすかに笑い意地悪な問いを投げかける。
これじゃぁあたしって、変態のおばさんじゃん。
こんな興奮して意識しまくって、今すぐどこかに逃げ出したい。

「あ、ごめん。今クーラーつけるね」

なんて言えば良いのか分からず、視線をそらしクーラーのスイッチをつけた。

多分あたしの顔って赤く染まってるんだろうな。
今からこんなんじゃ、そのうちあたしがヒノエ君を押し倒してしまうかも知れない。
そんなはしたないことやったら駄目だからね。
あの時と同じように我慢しなくっちゃ。
何か普通の会話で気を紛らわそう。

「ねぇ藤原君。会社慣れた?」
「はい。外山先輩のご指導のおかげです」
「そんなことないよ。藤原君物覚え良いから」
「外山先輩の教え方がいいんですよ」

普通の会話のはずが、ヒノエ君が外山先輩って呼ぶたびにショックを受けてしまう。

ヒノエ君には先輩なんて呼ばれたくない。
なんでヒノエ君はあたしのこと気づいてくれないの?
あんなに愛してるって言ってたじゃない?
本気の恋じゃないの?
あれは全部嘘だったの?
あたしもう我慢の限界だよ。
ヒノエ君に普通に接することなんか出来ないよ。
こんな想いをするならヒノエ君と会えなかった方がよかった。
奇跡なんか欲しくなかったよ。

そんな憎しみと悲しみが込み上げるのと同時に、突然激しい頭痛と目眩があたしを襲い目の前が暗くなってしまった。
温かくて気持ちが良く、すごく安らげる。
凍りついた心が、どんどん温められ軽くて空に浮かんで行くみたい。
落ち着けるそんな場所だった。
こんな気持ちになれたのは、久しぶりかも知れない。
あたし死んじゃったのかな?
そう言えば最近食事も睡眠もほとんど取っていなかったもんね。
だけどそれは空かなかったし、眠たくなくって眠れなかったから。
これじゃぁ死んでもしょうがないか。



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