夢日記
□本編
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「還内府、これは一体どう言うことだ?」
将臣君のおかげで御笠浜には誰もいないと思いきや、知盛一人だけがあたし達の船に乗り込んできた。
あたしに一人で張り合おうなんて、良い度胸してる。
「知盛?」
「やっぱお前を信用しなくて正解だったぜ」
驚く将臣君に、知盛は鼻で笑い戦う気満々だった。
一人で九+α(熊野水軍一派)を倒せると思ってるのだろうかこの人?
それとも怨霊を隠し持ってるとか?
「戦うしか芸がないと思っていたが、ここまで愚かな奴だったとは思わなかったぜ」
ヒノエ君もあたしと同じなのか、かなり呆れている。
「だまりな。オレは戦いが出来ればそれで良い」
やっぱし。
血の気が多いと、これだから困るよ。
でもこのいかにも侍魂って性格が、彼の魅力の一つなのよね。
「しょうがない。こうなったらあたしが一対一のさしで勝負つける」
「それは駄目だ。オレがこいつと勝負する」
これ以上話し合っても進展の兆しはないに等しいのであたしも剣を抜き前に出ようとすると、ヒノエ君がカータルを装備しあたしを止める。
「なら源氏の総大将である俺がやる」
続いて九郎君までもが名乗りを上げる。
みんな戦好きなのね(んなわけない)
「悪い九郎、ここはオレに任せてくれないか?」
「しかし、ヒノエは無駄な戦はしないんじゃなかったのか?」
「まぁな。だけど姫君を守るのはオレだけだからね。オレの戦い方を見せてやるよ」
真剣な表情だった。
ヒノエ君の言ってる本当の意味を、あたしは理解した。
ヒノエ君、あたしに自分の格好いい姿を忘れないように焼き付けて欲しいんだ。
そうだよね。
もうすぐなんだよね別れの時。
「おいおい。オレはまとめてきても別に構わないんだぜ」
「冗談。そんな卑怯なまねしなくても、オレ一人で十分だ」
「そうだな。分かった。ここはヒノエに任せる」
「恩に着るぜ」
話はまとまり、そしてヒノエ君と知盛がにらみ合う。
ヒノエ君の戦う姿は切れとスピードがあって、戦い方を知らないあたしでも綺麗に思えた。
九郎君の花断ちも綺麗だったけど、それとはまた別の魅力があった。
だけど知盛も戦上手と言われているだけに、正直ヒノエ君が少し押されている。
何度も危ない場面があって、すでにヒノエ君はボロボロになって余裕がなくなっていた。
「ヒノエの奴そろそろ限界か。雫加勢するか?」
そんな様子をあたしの隣で見ていた九郎君は、そうあたしに尋ねる。
誰がみたってそう思われても無理かも知れない。
でもあたしは、
「ううん。ヒノエ君なら絶対やってくれるからそんなことしなくても平気だよ」
と言い強く首を横に振る。
確かにあたし達が加勢すれば、知盛に勝てるのは明確である。
だけどそんなことしたらヒノエ君のプライドを、滅茶苦茶に傷つけてしまうことになる。
そんなことあたしには出来ないよ。
それにヒノエ君は負け戦をする奴は愚か者って言ってたから、きっと何か勝算があるんだよね。
「ヒノエ君、負けないでね」
あたしは力の限り声援を送ると、ヒノエ君の動きが更によくなり表情に余裕が戻ってきた。
「確かにあんたは強いよ。だけどオレには勝てない」
「負け惜しみとしか聞こえないな」
「それは、どうかな?男って言う者は守るべき大切な者があると無敵に慣れるんだぜ」
と言い捨て、ヒノエ君は知盛の首筋を捕らえた。
形勢逆転で、ヒノエ君の勝利である。
「ヒノエ君、知盛を捕まえて」
「え?」
「いいから。リズ先生も協力して下さい」
「分かった」
勝利も喜ぶよりも早く、あたしはヒノエ君とリズ先生に知盛確保を命じる。
光樹との約束。
知盛、生け捕り。
そして知盛は二人に押さえ込まれ、自由を奪われてしまった。
「これは一体どういうことだ?」
知盛はあたしを睨み付け訪ねる。
問答無用でやられたからしょうがないか。
「自害防止のため。貴方にここで死なれたら困るから」
光樹を怒らすと、何よりも怖いもん。
「知ってたのか?」
「うん。そう言うことなのでちゃんと彼を縛って見張りを付けといて下さい。あたしはちょっと席を外しますから」
悪魔の笑みを浮かべそう言い残し、あたしはみんなのいる場所から席を外した。
格好良すぎだよ、ヒノエ君。
ずーと一緒にいたいなんて、今までよりももっと強く思っちゃったじゃない?
ヒノエ君なら本当にあたしのこと大切にしてくれて、守ってくれると思うんだ。
この気持ちをここに残りたいってヒノエ君に言ったら、きっとあらゆる手段を使って白龍と対立してくれるんだろうな。
あたしにはヒノエ君しかいない。
あたしの運命の人。
あたしヒノエ君さえいれば、もう何もいらない。
すべてを失っても良い。
………………。
そんなことあるはずも、出来るはずもないのにね。
ヒノエ君とはもうすぐお別れなんだよ。
お別れの時まで笑顔でいようって、さっき決めたばかりじゃない?
なのになのに、
こんな想いを持ってたら、涙が止まらなくなる。
笑うことなんて出来ないよ。
早く光樹達を助けに行かないといけないのに、何やってんだろうあたし。
ヒノエ君のことを好きだって気づいてから、あたしはどれぐらいこんな風にして泣いたんだろうか?
なんか同じことでいつも泣いてる気がするな。
本当にどうしようもないんだから、バカすぎて笑っちゃうよ。
「……泣き虫姫君は、やっぱりここで泣いていたね」
ヒノエ君の優しい声が聞こえた。
「ヒノエ君、ごめんね。笑顔で勝利のお祝いしないといけないのに出来なくて。もう少ししたら戻ってするから、みんなの所戻ってよ」
ヒノエ君に背を向け肩を振るわせながら、あたしは小声でそう言った。
ヒノエ君にはもう涙を見せたくない。
ヒノエ君の悲しい顔なんか見たくない。
「バーカ。何オレに気遣ってんだよ。悲しかったらオレの懐で泣いてくれると嬉しいんだけどね。オレがその悲しみを全部受け止めるからさ」
言いながらヒノエ君はあたしの目の前にしゃがみ込む背中をさすってくれる。
駄目だよ、ヒノエ君。
そんなあたしに優しくしたら、ますます涙が止まらなくなるし貴方のことしか考えらなくなる。
………だけどもう今更遅いよね。
どっちにしたってこうなっちゃうんだから、そしたらヒノエ君の愛を今のうちに沢山貰っておこう。
離ればなれになったってヒノエ君はこの世界にちゃんとこれからもいるんだから、会えなくなったとしても少しの間だけ好きのままでいても良いよね。
「………ヒノエ君」
あたしは好意に甘えることにし、ヒノエ君の懐で子供のように声を上げ泣いた。
ヒノエ君の懐が大きく感じられる。