短夢堂
□どんなアナタでも
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四駆を自在に操る梅さんの手付きは、慣れたものだった。
前にみんなでキャンプにいた時は、寿命の縮む思いをしたけど、今日は信じられないくらいに優しくて紳士的な運転をしている…。
「梅さん?」
「なに?」
前を向いたまま、口元に笑みを浮かべた梅さんの声は、低くて艶がある。
いつもと違う梅さんに、正直…どう接していいのかが分からない。
声をかけたっきり口ごもっていると、赤信号で四駆は止まった。
「沙也加?」
そうだ。
いつもは沙也加ちゃんって呼ばれるのに、今日は呼び捨てなんだ。
それに、いつもと同じような弾んだ話し方だけど、何というか…男っぽさが…ある…。
「どうかした?」
スッと伸びてきた手が、わたしのアゴの下を撫でていく。
いきなりそんな事をされるとは思わなかったから、「ひゃ?!」なんて色気ない声が飛び出してしまった。
「う、梅さん…今日はなんか…違う…」
「…」
特に何も言わない梅さんは、口だけで笑った。
顔が紅くなってるのが自分でもわかる。
目も合わせられないくらいにドキドキしていると、梅さんがフッと小さく息を吐き出すようにして笑う気配を感じた。
そっと顔をあげると、梅さんはすでに正面を向いていて、小さく笑っている。
サングラスをかけた横顔は、正真正銘の大人の男性のモノで、しばらく目が離せなくて見惚れてしまった。
「やっぱり変?」
「え?!」
「沙也加が見慣れてない俺」
車が緩やかに発進する。
前の車を無理に煽る行為もしないし、乱暴なハンドルさばきもしない…優良ドライバーの運転。
運転の事に気をとられていると、視線を感じた。
横目で優しく見つめられている。
「変、じゃないよ?…けど」
「けど?」
「…別人みたいだから」
「そう?どこら辺がそう思う?」
そんなのはたくさんある。
オネエ言葉じゃない。
運転もそうだけど、物腰がいつもと違う。
今まで知ってた梅さんとは全く違う梅さんが、目の前にいるから。
そう言うと、梅さんは可笑しそうに笑った。
「梅さん??なんで笑うの??」
笑われた意味が分からない。
首をひねりながら、助手席から運転席を見つめると、正面をむきっぱなしの梅さんはチラッとわたしに視線を送ってきた。
「…え?」
「メシ、なに食べようか?」
そんなことを言いたい視線じゃなかったと思う。
けど、それ以上突っ込むこともできなくて、わたしはモゴモゴと「パスタ」と返事をするのだった。
梅さんをいつから「男の人」として意識したのか。
恋におちた日っていう明確な境目はわからないけど、ソレだけは覚えてる。
窓の外を流れる景色を見ながら丁寧に記憶をたどってみた。
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