短夢堂
□どんなアナタでも
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「デートができる休日は、寮のみんなに小さなウソをつくこと」
これは彼からのお願いだった。
初めてウソをついたのはひと月前。
あの時は前の学校の友達と遊びに行くって言って、晃からの誘いを断った。
その分、先週は晃に付き合って遊びに行ったんだけど、帰宅後の彼のご機嫌はやっぱりと言うか、案の定と言うか、すこぶる悪かった。
彼も頭では分かっているから強くは言えない。
内緒の関係にしなければ、彼もそこまで機嫌を悪くすることは無いと思う。
それに、「あの」彼とわたしが付き合っていることをみんなが知ったら、ブーイングはしても邪魔をしてきたり、問題にしたりもしないと思う。
というか、できない…だろうな…。
彼は、わたしと付き合う事でどこか負い目のようなものを感じているらしい。
それは彼が大人だからで、わたしが住んでいる寮の寮長という立場から来ているからだと思う。
…寮長。
そう、わたしの彼は梅咲夏男さん。
町内会では、明るいオネエキャラで大人気。
一部では知る人ぞ知る、泣く子も黙る…というより暴れる不良も震え上がる「峠の梅咲」と呼ばれた、あの梅さんなのだ。
☆ ☆ ☆
寮がある地元では、顔の広い梅さんの事だから、誰に会うか分からない。
だから、デートをするときは大きな街とか、わたしが前に住んでいた家のある方に出かける方がいい。
これは梅さんからの提案、というかルールの提示みたいなものだった。
わたしとしては、一緒にいられればどこだっていい。
寮の近辺でデートしても寮長と寮生が一緒に買い物してる図なんて珍しい事でもなんでもないし、現に付き合う前でも一緒にスーパーとかよく出かけてた。
わたしがそう言うと、梅さんはあのしゃべり方で「ダーメ」と言ってフフフと笑う。
「…梅さん、何が可笑しいの?」
キッチンで夕飯の支度に追われる彼の傍。
首を傾げるわたしに、梅さんは「あら」なんて言いながら肩をすくめる。
「だってデートでしょ?デートって言ったらドキドキしなきゃ♪」
「ドキドキって…」
それは梅さんを男と意識するようになってからは、毎日の事なんだけど。
小さな不満すら見逃さない梅さんは、わたしのオデコを軽く弾いて微笑む。
「とにかく、デートなら地元はダ・メ。アタシはこんなだから、沙也加ちゃんと一緒でも怪しまれないだろうけど、一応…アタシたちは禁断の関係なのよ??ケジメくらいつけましょ?」
わかった?
そう最後に付け足されると、何も言えない。
渋々頷いたわたしの頭を優しく撫でた梅さんは、「いい子♪」と機嫌よく笑って肯いたのだった。
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