短夢堂U
□神蘭☆美女と野獣
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卒業式の前日、自由登校だったはずの沙也加が俺の元にやって来た。
「先生〜…」
いつも以上に憔悴しきってやつれている沙也加は、準備室の扉を開けるのもやっとの様子だ。
ただならぬ様子に、俺は立ち上がって沙也加を招き入れる。
ソファーに促すと、沙也加はちょこんと浅く腰を掛けた。
「どうした、スゲェ面してるぜ?」
「…はい、わかってます…。けど…どうしても……明日までには決着をつけたくて…」
「?」
明日で着るのが最後の制服の袖を、伸ばしたり元に戻しながら、沙也加は歯切れ悪く、しかもボソボソと呟くように言う。
何が何だかわからなくて、とりあえずインスタントコーヒーを入れて差し出すと、沙也加は両手で受け取って一口飲んだ。
「…う」
「なんだ」
「…。やっぱり梅さんの煎れてくれるコーヒーが一番美味しい…」
「悪かったな、どーせインスタントだ」
憮然としながら一口飲むが、思った以上に濃く入れ過ぎていたようで、それはかなりまずかった。
「で?何の用だ」
「…はい…あの…」
コーヒーを置いた沙也加が、モジモジしながら俺を上目使いに見上げる。
「…なんだ、俺に愛の告白か?」
「違います!」
「即答かよ」
「だって違うモン」
口をわずかに尖らせてそう言うと、沙也加は少しだけ顔を紅くした。
「あの、先生に聞きたい事があって…」
「だからなんだ」
「梅さんの事なんですけど…」
「?夏男がどうかしたのか?」
先を促すと、沙也加はますますモジモジして言いにくそうにする。
卒業式は明日なので、ハッキリ言って俺もヒマじゃない。
早くしろ、と言うと、沙也加は思い切った様に口を開いた。
「あの!うううう梅さんって、この先も、オネエさんのまんまでいるつもりなんでしょうか!?」
「はぁ?」
沙也加を見つめ返す。
すると沙也加は
「明日、梅さんに告白しようと思ってるんですっ!!」
「ブッ!」
口に残っていた飲みかけのコーヒーを、危うく沙也加にぶっかけるところだった。
急いでティッシュを手繰り寄せて、口元を覆う。
そんな俺の様子なんか目にも入れていない沙也加は、俺の肩越しのカベを見つめながら、目をキラキラさせて続けた。
「別にオネエさんのまんまでも全然良いんですけど、この先の事も含めてちゃんとお付き合いしたいんで、先生が何か梅さんから、そういう予定かなんかを聞いてたら、先に教えてほしいなぁって思ってっ」
「…」
「先生?」
「あ?」
「聞いてましたか?」
「あ、…ああ」
衝撃の告白ってのはこのことだ。
茶色くなったティッシュをゴミ箱に放り込んで、俺は沙也加を振り返る。
沙也加は両手を顔の前に組んで、マリア様にでも祈りを捧げるポーズで俺を見上げていた。
「…あー、えっと…なんだ?夏男が男に戻る予定のこと、か?」
「はいっ。教えてください!」
…なんでこう…真っすぐなんだ。
可愛らしさ以上に、得体のしれない眩しさを感じて俺は顔を逸らす。
沙也加はそんな俺をジッと見つめていた。
しかし、だ。
沙也加が夏男を好きなのは何となくは分かっていたモノの。
先の事まで見据えた交際まで考えているとは思いもしなかった。
横目で沙也加をチラッと見る。
沙也加は相変わらず、真剣な顔つきで俺を見ている…。
ふざけた事は言えねぇよな。
とすると、正直な事を話すしかない。
「今後の事は…俺も知らねぇよ」
「…ええ…」
「でも、あんなキャラになったのは、悪ノリの延長みたいなもんだから、戻る見込みはあると…思う…ぜ?」
そう言いながら顔を戻した時、沙也加は既に扉の所まで行っていた。
「沙也加?!」
「先生、どうもありがとうございましたっ!スッゴク参考になりましたっ」
ニコッ!
チカッと強い輝きを放つ笑顔を見せた沙也加が、扉を開けて出ていく。
「わたし、明日がんばりますっ!」
サヨウナラ!と言い残して沙也加は扉を閉めた。
「…」
何なんだ、あれは。
嵐のような一時だったが、沙也加が置いて逝ったコーヒーからは、温かそうな湯気が立ち上っている。
気を取り直すために、俺は明日の準備に戻ることにした。
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