短夢堂U

□どんな俺でも
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「で?」


目の前で悠然と脚を組み替えた冴島先生が、めんどくさそうにわたしを睨んできた。


「相談ってなんだ」


放課後。


寮のみんなが帰った後、急いで準備室にやって来たわたしを見るなり、先生はかったるそうに首を回した。


何も言わないうちから、わたしの目的を見抜いた先生の観察眼は流石だとは思うけど。


(邪険にしないで欲しい…)


一応、可愛い生徒のはずだよね?わたしって。


「ええっと、ですね…」


そう思いながらも先生の前に座ったまま、どう切り出そうか悩んでいると、先生はデスクに頬杖をついたままニヤッと笑った。


「ああ、夏男の事か」


「な…っ!…よ、よくわかりましたね…」


「バーカ。顔に出てんだよ、お前の場合」


「…う…」


両手で頬を押さえると、先生は可笑しそうに喉を震わせて笑った。


「で?可愛い沙也加ちゃんは、大好きな夏男ちゃんの事で悩んでるのか?あん??」


「な…夏男ちゃんとか…言わないでくださいよ…」


「ハイハイ。とりあえず出るぞ」


「え?帰るんですか??」


俺だって忙しい。


そう言った先生は、顎でデスクの脇に寄せられた真っ白な台紙付きの束を示した。


「なんですか、コレ」


「見合い写真だとよ。実家から大量に送られてきた」


「なぜ学校に??」


「学校に送ってきやがったんだよっ!お袋がっ!」


「はぁ…。大変ですね…」


「とにかく逃げるぞ。学校にお袋が押しかけてきたら厄介なんだよ」


そう言ってわたしの腕を強引に引っ張った先生は、すたすたと歩き始めた。






寮への道すがら、ポツポツと最近の夏男さんの様子をかいつまんで話す。


先生に、夏男さんの事を相談しようと思ったのは。


先生だけがわたしと夏男さんの関係を知っているから。


もう一つ理由を挙げるとすれば、夏男さんとは10年以上の付き合いをしている人だから。


だからきっと、先生ならわかるんじゃないかと思ったんだけど。


「…」


一通りの話を聞き終えた先生が携帯を取り出す。


携帯を操作してカレンダーを呼び出した先生。


顎に生えた無精ひげを撫でながら何かに思い当ったような表情をした先生は、一言だけ「ああ」と呟いたっきり…


黙り込んだ。


「…」


「…」


「あの、先生??」


「なんだよ」


「何が、ああ。なんですか?」


「…」


一瞬だけ「しまった」と言う風に眉を寄せた先生が、わたしを横目で見てくる。


「…。知りたいのか?」


「知りたいから相談したんですけどっ」


「…。あー…、まぁあれだ」


「アレ?」


「…結婚記念日だ」


「…」


はい?


「校長の」


「…ああ」


…。


…って


「えええっ!」


「うるせぇなぁ!だから言いたくなかったんだよ」


「そんなぁ!だって…校長って…梅さんはまだ小宮山先生の事が好きなんですか??!わたしと付き合ってるんですよ??なんで?なんで??」


「うるせぇって言ってるだろうが!ちょっとは黙れ!」


喚くわたしをうるさそうに睨んでくる冴島先生が、めんどくさそうにタバコを口に咥える。


「…まぁ、校長もそうだろうが」


「…え」


「正確には、校長夫妻…だな」


「…。校長、夫妻…?」





…どういう意味??





タバコに火を点けた先生が、大きく煙を吐いた。


「…詳しい事は夏男を問い詰めろ」


俺の口から話して良いモンじゃねぇだろうしな。


「…いい、ンで…しょうか」


「あ?」


「何か、大事な思い出とか…なんですよね?」


「でも、それでお前は不安を感じてるんだろうが」


「そうですけど」


「話したくなかったら夏男の場合は黙ってるだろ」


「…そう、かな?」


「そうだろ。でもそれで夏男が最近の態度の理由を話した場合、お前は受け止める事が出来るのか?」


「え…?」


隣を歩く先生を見上げると、まっすぐにわたしを見下ろしてくる目とぶつかった。


「やっぱり聴かなきゃ良かったって場合もあるだろ」


「…」


そうだけど。


でも…


「…好きな人のことは、何でも把握しておきたいです。苦しい事があるなら、わたしにも分けて欲しい…」


「…」


「何でも知りたいって思うのは、重いですか…?」


立ち止まった先生が無言でわたしを見下ろしてくる。


先生が何も言わないから、わたしもそれ以上、何をしゃべっていいのかが分からなくなる。


風が吹いて、先生の咥えていたタバコの煙を流していく。


先生がいつも身にまとうようにしている匂いが、鼻をかすめた。


「御堂」


「…はい」


小さくため息を吐き出した先生が、苦笑した。


「なんで夏男なんだよ」


「え…?」


なんでって。


「何がですか?」


「だから。なんで夏男に惚れたんだよ」


「え、だって…素敵じゃないですか」


「…」


「お料理上手だし、優しいし、強いし、オンナ心が分かるし、趣味もあうし、それに…」


「もういい!」


続けようとするわたしの口を、先生の手が塞ぐ。


「まぁ、どれぐらい惚れてるかってのは分かった。でもなぁ…御堂」


わたしの口から手を離した先生の顔は、切なそうに歪んでいた。


「…」


「…夏男は、色んな意味で厄介だぜ?」


「え?」


厄介、って…?


その意味を聞こうとした時だった。


「だーれが厄介ですってぇ??」


先生の顔が微かに引きつった。


声のした方を向けば、スーパーの袋をぶら下げた梅さんが腰に手を当てて、仁王立ちしている。


「梅さんっ」


姿を見れば声のトーンが上がるのは、しょうがない。


そんなわたしに視線を移した梅さんは、それでもニッコリと微笑むと、スーパーの袋を丁寧に置いてから、わたしに向かって両腕を広げた。


「おいで」


「!!…梅さーんっ!」


条件反射的に駆け寄ると、梅さんはそのまましっかりと抱きとめてくれた。


「おかえりなさい、沙也加ちゃん♪」


「ただいまー♪」


「…ケッ。気色悪ぃ」


「なぁにか言った?由紀ちゃんっ!」


そっぽを向いてしまった先生を梅さんが睨む。


抱きしめられながら見ている分には…


いつも通りに見えるけど。


そんなわたしの視線に気付いたのか、梅さんと目があった。


「どうしたの?沙也加ちゃん」


「え…あ、いや…」






…どうしたの?は、わたしが訊きたいんだけどな…




心の準備もしてないわたしは、曖昧に笑い返すしかできない。


そんなわたしを不思議そうに見下ろした梅さんはクスッと微笑んだ。






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