短夢堂U
□雪の華
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結局、買いこんだのは、いつもと変わらない食材ばかりだった。
それと、由紀のワイン。
少し高めだというそれをわたしに抱えさせた由紀は、重たい方の袋を片手に持って、空いてる手でわたしの手を引いた。
日も陰ってきた冬の街はとても寒くて、むき出しの頬や鼻が、冷たく冴えていく。
マフラーに顔を埋めるようにしていても、耳に凍えるような空気が刺さって、感覚を失くしていくようだった。
「…大丈夫か、沙也加」
「うんっ」
冷たい空気に軽く咳き込んでしまったわたしを気遣って、由紀が少しだけ強く手を握り返してくる。
「冬ってこんなに寒かったっけ?」
「何言ってんだ、いきなり」
小さく笑いながら由紀が返す。
「スキーとか行っても、そんなに寒いとは思えなかったけど…。今年は特に寒い気がする」
「ほぉ…。俺が隣にいるのに、いい度胸だな」
つないだ手に力をこめた由紀がニヤニヤと笑った。
「俺は、いつもより寒さを感じないがな」
「そう?」
「沙也加がいるだろ」
「…っ」
そうやって、たまに変なタイミングで、不意打ちのようにそういう事を言うから、どう反応していいのかが分からなくなる。
「顔、赤いぞ」
「誰のせいっ?」
「俺」
クククッと笑う由紀を軽く肩で押すと、由紀は大げさに「ウオッ」と言った。
「おい、俺のワインが割れるだろ」
「割れないもん。抱っこしてるし」
「ひと肌のワインかよ。日本酒じゃねぇんだって」
可笑しそうに喉を震わせる由紀にくっつく。
少し甘えるように、背の高い彼を見上げた時、わたしを見下ろしていた由紀と目があった。
「あ」
「え??」
少し目線をずらした由紀が、微かに目を見開く。
「由紀?なに」
「ユキ」
「…え?由紀??」
「バカ、俺じゃねぇよ。雪だ、雪」
そう言いながら、繋いだ手を離してわたしの前髪を軽く揺らす。
目の前に差し出された指先を見ると、微かに白っぽい物が、すぐに溶けて水滴に変わった。
空を見上げると、冴えた空気の向こうから白くチラチラとした影が、静かに舞い降りて来ていた。
「雪っ!」
「だからそう言ってるだろ」
低く笑った由紀も、同じように空を見上げる。
「冷えるはずだな」
「でも一緒に観られて嬉しいかも」
「そうか?」
「…だってクリスマス…」
「もう言うな。忘れろ」
「だって!!」
ハイハイ、なんてめんどくさそうに言う由紀が、軽くわたしのマフラーを引っ張った。
「見ろ、結晶が出来てる」
冷たい空気にさらされていたマフラーには、由紀の言うとおり、綺麗な結晶が落ちている。
「…キレイ」
次つぎに落ちてくる結晶たちは、折り重なっては溶けて水に変わっていく。
「…由紀」
「なんだ」
「……。また来年も、一緒に冬を過ごそう?」
「……」
マフラーを見つめながらそう言っても、雪からの返事は無かった。
チラと見上げると、口だけ歪めて笑う由紀と目が合う。
「沙也加、お前……俺と一緒にいるの、冬だけのつもりなのか」
何だそりゃ、雪女か。
軽く冗談でも言うような口ぶりに、思わず吹き出す。
由紀も同じように笑った。
「…ずっと一緒に、色んな季節を過ごしたいの」
「…。良いセリフじゃねぇか」
可笑しそうに笑いながらそう言った由紀は、わたしを見つめながら、目を細めた。
「俺も同じこと考えてた」
「…うん、知ってる」
「……。帰るか」
「うん」
雪の華を二人で頭や肩に乗せながら、わたしたちはまた歩き始めた。
繋ぎなおされた手は、さっきよりもずっと温かく感じる。
寄り添う事で生まれる細やかな温もりを感じながら、わたしたちは雪の降り始めた街を抜けて、温かな部屋を目指した。
今年もたくさん、ありがとう。
来年も再来年も、ずっとよろしくね。
おわり