短夢堂U
□その手をつないで。
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「祭り?」
ジュースを飲むセイヤの問いかけに、リナが大きく肯く。
夕方のファストフード店は、学校帰りの学生がほとんどの席を埋めていて、リナとセイヤも同じように、その一団に紛れてテーブルに向き合って座っていた。
「ホラ…セイヤってばずっと部活だったし、デートらしいデートもできなかったでしょ?…だから…」
配られたというチラシを見せながら話すリナの顔が、少し紅くなる。
そんなリナの顔を見て、セイヤは小さく笑う。
そっとチラシを受け取って目を通せば、来週の日曜日に催されることが、大きく書かれていた。
サッカー部のレギュラーメンバーに抜擢されたおかげで、夏は部活漬けだった。
付き合い始めたリナとは、夜に電話をするのがせいぜいで、リナの話す通り…デートもろくにしていない。
せめて言えるのが、部活帰りのセイヤをリナが待ち伏せて、こうして帰りにファストフード店でお喋りをするくらいだった。
「じゃあ…行こうか?」
チラシに目を落としたままセイヤがそう言うと、リナの雰囲気がガラっと変わるのを感じる。
「ほ、本当!?」
「うん。いいよ。その日は部活も休みだし」
「やったぁ!」
両手を上げて喜ぶリナを見て、セイヤが笑う。
「そこまで喜ぶことか?」
「喜ぶことなの!一緒に出かけるの…初めてに近いし…」
「そうか?前はよく遊びに行ってただろ」
「…」
「…それは、付き合う前だし…。それにその頃ってセイヤは…」
「あ…」
リナが最後まで口にしない事を、セイヤは感じ取った。
―――…セイヤはその頃、沙也加と付き合っていたから。
「…。終わったことだし、今さらだろ…」
「…うん、ごめん…」
俯いたリナに、セイヤが苦笑いを向ける。
「謝んなって。…デートすんだろ?」
そう言うと、顔を上げたリナも同じように、苦笑した。
「…うん!」
大きく肯いたリナを見ながら、セイヤはチラシを丁寧に折りたたんだ。
「こっちこそ…ごめんな」
「…え?」
「…デートしてやれなくてさ…」
「…。…いいよ。今度するんだから」
ふふふと笑うリナを見上げて、セイヤが頭を掻く。
「じゃ、今日は帰ろう」
「うん!」
立ち上がったセイヤの手をリナがさりげなく引く。
一瞬驚いた顔をするセイヤだったが、拒絶することもなく、やんわりと小さな手を握り返して、歩き始めた…。
沙也加とセイヤは一年ほど付き合っていた。
誰が見ても仲がいいのは明白で、沙也加の親友のリナも、自分のキモチを押し隠しながら、そんな二人を間近で見つめ続けていた。
そんな二人がる付き合う事になったのは…
沙也加の転校がキッカケともいえる。
自分一人の力ではどうにもできない環境に置かれた沙也加は、セイヤとの付き合いを絶った。
それは、セイヤに心配をかけさせないためでもあったし、空いてしまった距離に勝てそうもないと、沙也加自身が判断したせいでもある…。
そして、親友のキモチにも配慮した結果でもあった。
リナは思う。
こうして、セイヤと付き合えるようになっても、セイヤの心のどこかに…沙也加が未だに住みついているのではないかと。
沙也加の話を一切ださないセイヤ。
リナには、それが…本音を隠しているように感じられて、とても苦しい。
色々な話をしていても、セイヤは自分を見ているような気がしない。
時折、ぼんやりと見つめる先にいるのが、沙也加のような気がしてならない。
リナは…結局のところ、全く心が満たされてはいないのだった…。