first flower-【F*F】
□【君だから】堂郁
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結婚することになった。
小さな喫茶店、ハーブカフェで思いがけない提案をもらった。
「俺と結婚する気はあるのか」
返事に、迷いはなかった。
*
「まさかねー、結婚まで言い出すとは…でも堂上教官もいい歳っちゃぁ歳だし、逆に冷静沈着なご判断なのかしら」
そう言い出したのは同室の柴崎麻子。
結婚の話の報告をした後から、何度かおなじようなことを言われた。
「ちょっ…逆に…って私と結婚するのを早まってるみたいな言い方…!」
「だって、あんたに本来嫁入り娘がするようなことなに一つ期待はできないわけでしょ…それでも貰ってくれようってんだから堂上教官も相当な覚悟よねー」
その言葉に、目に見えて郁の顔が曇った。
口をつぐみ、コタツのテーブルの模様に視線を落としている。
(…ちょっといじめすぎたかな)
幸せな彼女をみて
ちょっとだけチクチクしていた。
どうなるのかわからない煮え切らない思いを抱えた自分と比較して。
やりすぎた、
ごめん。
素直に幸せな気分 味合わせてあげるべき時だった。
「でも、堂上教官が笠原選ぶのよくわかるわよ」
郁がゆっくり顔をあげた。 少し困った表情のまま、「うん」と小さくうなずいた。
*
あの日堂上と出掛けた日から数日がたった。
食事とお風呂を済ませ、わりに自由になった夜の時間。
なんとなく一人になりたくて、部屋を抜け出した廊下の先で堂上と行き合った。
そのまま二人で自販機を前に座る。
堂上がこちらへ一度視線をよこしたが、あえて振り向かなかった。
かわりに、自分の顔が見えないように少しうつむいた。
耳の横の髪がさらりと頬にかかった。
そうだ そのまま 私の顔、隠してて。
ややして、堂上は視線を前に戻した。
「…考えてるのか」
小さな声がした。
よくわからなくて、
郁はそのまま固まった。
「俺と結婚するの、考えてるのか」
ええと。
まだよくわからなくて固まったままの郁に、堂上が続けた。
「結婚は、俺が勝手に言い出したことだ。あの場で勢いで返事はしたものの、いまになって考えあぐねているとかなら、別に遠慮はしなくていい、言え。」
少しずつ郁にも理解ができた。
そしてやっと、自分が落ち込んでいる間の、相手側の気持ちが見えてきた。
自分が、お嫁さんになれない気がして不自然な態度をとってしまっていた間。
堂上を不安にさえさせてしまっていたのだ。
もう、
ほんとうに…
どうしようもない、私。
「結婚したくないなら…」
まだ続けていた堂上に、郁が勢いのまま叫んだ。
「結婚したいです!!!」
いつもの落ち着いた堂上の瞳が、やや見開かれた。
勢いついでに立ち上がった郁を少し見上げる形になる。
そこに、小さな雫の濡れる感触がした。
郁が、泣いた。
「でもっ……
堂上教官はなんで私と結婚してくれるんですか!
なにも…女の人らしいこともお嫁さんらしいこともなにもできないし…」
その言葉に堂上も気付いたのだろう。
見上げたまま、困ったように、でも優しく微笑んだ。
「郁」
視界は涙で使えない。
曇った視界の先で堂上が自分を呼んだ。
見えなくても、もうわかっている。
今の堂上はすごく優しい顔をしている。郁のとても好きな顔。
勤務中には決してみせることのない顔。
願わくば私だけしか知らない堂上であってほしい。
堂上に対して、
こんなに貪欲な自分なのに、
結婚したくないなんて。
そんなこと絶対無い。
目を強く瞑ったあとに、
涙がきれた。
自分をみつめる堂上がいた。
立ち上がったままの自分の両手を、堂上は自分の手につないだ。
頭の片隅でちょっとだけ、「あ、人が」と他の隊員たちのことを思ったが、堂上の言葉にそれはすぐに忘れた。
「郁」
「結婚したいのは俺だ。」
確かめさせるような堂上の視線に、小さく郁もうなずいた。
う、ん。
「…例えば、俺が倒れたとして」
え、と顔をもたげた郁に、例えばだ例えば、と堂上が制す。
「俺が倒れたとして、そのとき命にかかわる決断が必要になったとして」
そこでさらに怪訝な顔になった郁を無視して堂上が続けた。
「その決断はお前にして欲しい。…俺の命はお前に預ける。」
今度は郁が目を見開く番だった。
「お前になら預けられる。だから、結婚したい。結婚しよう、郁」
この前は結婚する気があるのかと聞かれただけだった。
だが、今度は―。
結婚したいと言われた。
この手に自分の命を乗せてまで。
結婚したいと、
そういわれた。
涙ばかりの郁に、
堂上が少し笑いながら言った。
「…返事は」
「…拝命します」
精一杯の冗談で答えたら、軽く頭を小突かれた。
小さな涙声で、大きな預かりものを受け取った。
*
後日
堂上のプロポーズ事件は
瞬く間に寮内に広がった。
そして
小牧などは、
「俺だって堂上に命を預けるなんて言われたことないよ。いや、うらやましい!」
と、笑いを堪えながら郁をからかいにくる始末だった。
fin. 2011-04.17