storyY ザンメル部屋 2022.1/25up

□目覚めたら、いつも
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設定:天狼島で死んだザンクロウとアズマは、それぞれ生前中に犯した罪を償っていた。
ザンクロウは記憶を消さない代わりに、本来は罪を償うには一度きりでよい地獄巡りを転生と死を繰り返す度に行うという契約を神と交わしていた。
アズマは転生を望まない代わりに、地獄巡りには行かず永遠に樹木の精となりそこに在るだけの時間を過ごすことに。



目覚めたら、いつも



目が覚めたら、犬だった。
「ゲッ、今度は犬か」
人間の時の言葉が頭に浮かんだが、喉元から発するのは低いうなり声。
犬として生まれた、というよりは、いきなり犬の中に魂を入れられたという方が正しい。

「ほう、今度は犬かね」
頭の中に聞き覚えのある声がした。
「アズマか」
アズマが目ざとく犬に転生したザンクロウを見つけて声をかけたのだ。
とはいえ、こちらも人間ではない。
「まあ、オレのいつまでたっても樹木でしかない道のりも、似たようなもんだがね」
犬となったザンクロウが身を置く公園の樹木にアズマの魂が宿っているのだ。
「お前ェ、木さえありゃ、あちこち飛び回れンだろ。便利じゃね?」
「まあ、確かに移動できるおかげで退屈はしないがね。町中にはおろか、建物の中にはほぼ入れないのだから、範囲は限られているよ」
「鉢植えの木じゃダメなのかよ」
「オレを宿すエネルギーが足りないらしい。直に生えている樹木でないと乗り移れないとわかった」
「へえ」
とは言うものの、アズマは世界に暮らす人間たちの動向に興味もない。
ただもう転生したくない、という思いから地獄巡りを拒否したようなものだ。
裁く側である神に、それが受け入れられると思っていなかったのだが、
「そうか。一度地獄を経験して、もう一度転生をする方がずっと面白い経験ができるはずなのに、あえて転生ナシのコースを選ぶとは」
と呆れられたと言うほうが正しい。


アズマはアズマで、記憶を消されないために地獄巡りを何度も繰り返しているザンクロウの方がずっと大変なことに思えた。
「お前が何度も地獄巡りをしている間に、オレも幾分経験は積んだ」
「だろうな」

転生を望まず、ずっと樹木としてただそこにいるという「無の罪」を受け入れたアズマは、ザンクロウとの会話以外には許されていない。
実際二人が会話を許されたのではないのだが、ザンクロウに記憶を消さないという特例が与えられていたので、当てずっぽうで樹木に話しかけるとアズマとつながったのが始まりだった。

ザンクロウは身体的苦痛、精神的苦痛のどちらの極刑も受ける代わりに記憶だけは消さないで欲しいと神に願った。
罪人も地獄で罪を償えば転生できるシステムらしく、当然記憶は全て消去される。
記憶を残すのは、本人にとって精神崩壊につながるほどの苦痛を伴う。
「その方が余計に辛いぞ」と忠告されたにも関わらず、ザンクロウは気が遠くなるほどの時間、記憶を残したまま、地獄巡りと転生を繰り返してきたのだ。


記憶が残ったままなので、彼は転生後に死んでも天国へは行けないことも、地獄で極刑を受けることもわかっている。
そしてもう何度生まれ変わろうが、未だメルディに会えないままだった。


こうして犬になったのだから、匂いで探し出すこともできるのではないか。
一瞬そう考えたが、メルディの匂いなどとっくに忘れていた。
この時代にメルディが転生しているのか、転生していたとして、どこにどんな姿で転生しているのかすらわからない。
それでも、ザンクロウはこの犬としての人生でもやはりメルディの姿を探した。

「犬は人間より寿命が短い。それに君が転生した犬は老犬にさしかかっている」
アズマの忠告の正しさが、ザンクロウの胸をえぐった。
犬となって何年も毎日メルディを探した。
身体も痩せ細り、呼吸も整わない。
遠くまで走ることもできなくなっていた。

今回の転生もメルディにつながることができなかった。
また地獄からやり直しだ。
天狼島で死んで以来、罪らしい罪など犯したこともない。
それでもこうして命が尽きると自分は地獄へ行く。
身を焼かれ、目を貫かれ、業苦の責めも、記憶を消されるよりはマシだと思って耐えた。
「ザンクロウ」
アズマの声も届かない。
老犬が木の側の茂みに動かなくなった身体を預けているすぐ近くを、桃色の髪をした女性が通りかかっていた。
緑の瞳には彼女を見つめる男性の姿が映っている。

「安心しろ、ザンクロウ。メルディは幸せに生きている」
アズマの声は届かない。

地獄まで戻ってきたザンクロウは、次の転生こそはと待ち受ける極刑の番に並んでいた。
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