他ジャンル小説 2023/1/22 

□青い空を見上げて
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1999年、日本、東京。
勉強机に座り、教科書を開いている少年のそばに、烏帽子を被った男が立っていた。
この男の姿が見えるのは、この少年だけ。
二人はどうやら「囲碁」という固い絆で結ばれる運命にあるらしいのだが、ここではそれには触れない。

「なあ佐為、お前は江戸時代のことは詳しいけど、ちょっとは近代のこともわかるのか?」
少年が烏帽子の男に話しかけた。
「そりゃあ、ヒカルよりは。実際にこの目で見てきましたから」
佐為と呼ばれた男は、扇子で口元を抑えながら当たり前だといわんばかり。
「でも佐為は秀策と別れてからはずっと碁盤の中にいたんだろ?」
「ええ、まあ・・・」
痛いところを突かれて、佐為が言葉につまる。
平安時代の囲碁指南役、藤原佐為。
対戦相手の不正により、指南役の座も生きる術も奪われた佐為は入水自殺をはかり、成仏できぬままその魂は碁盤の中に隠れ住んでいたらしい。
かつて本因坊秀策と出会い、世に出た佐為の魂も、その死とともにふたたび碁盤の中へ・・・。
そして現代、進藤ヒカルとの出会いによって、ふたたび碁盤の中から出てくる機会を得たのだった。
そんな佐為にも忘れられない一人の男との出会いがあった。


もし、あの時彼の目に私の姿が見えていたら・・・
彼はどうなっていただろうか。
本因坊秀策のように、名のある棋士に・・・?
彼はあの後、どんな人生を送ったのだろう。
日本が負けたあの戦争の後。
彼の人生は・・・


「よし、終わったぞ!佐為、一局打とうぜ!」
「ハイ!」
心から、囲碁を愛する佐為は、勉強を終えたばかりのヒカルの誘いに即答した。
一局打つといっても、ヒカルはまだ囲碁を始めたばかり。
佐為がヒカルをほぼ指導するようなものなのだが・・・。
それでも佐為は、囲碁が打てるのが嬉しかった。

囲碁を打つことができなくなったわたしの無念は、かつては秀策に、そして今はヒカルによって晴らされようとしている。
あの男も、無事に戦地から還って、今もどこかで囲碁を打っていればいいのだが・・・。
佐為はただ一度、ほんの一瞬袖をすり合わせただけの男のことが忘れられなかった。
その男も囲碁を愛していた。
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