小説

□おぞましく、大切な記憶
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――これは、私がまだあの人の異様な雰囲気にビクビクと怯え……
それでもママの為にと、あの人と一緒に居る事を我慢していた時の話…

そんな中…彼は突然現れて、あの人と…そして私に怒った。
私に対しては、泣きながら…








〜おぞましく、大切な記憶〜



「ただいま〜。ママ、あのね!今日……」


ランドセルを背負った、小さな…8歳くらいの女の子が、扉を元気よく開けて中に入ってきた。

しかし、その少女は…中に居る人物を見ると、言葉も途中に固まってしまった。

そして、少女は何とか一言…口にした。


「……だ、誰…?」


「ははっ、いきなり知らない人が居れば驚くよね。ごめんね?僕は君のお母さんと再婚することになったんだ。宜しくね」


「ママ、と…?」


人の良さげな笑みで話す、20代半ば辺りの青年を見上げて少女は首を傾げた。

警戒をしている、と言うよりも状況を把握しきれていないと言った方が正しいであろうと思われるキョトンとした顔である。

そのまま少女がキョトンとしていると、奥からタンタンタンと床を踏む…足音が聞こえてきた。


「…あらっ?加奈、もう帰ってたのね!」

 
足音と共に現れたのは、これまた20代後半と見受けられる綺麗な女性だった。

その女性は少女を見ると優しく微笑みかけ…そして、少女と視線を合わせる様にしゃがんだ。

加奈と呼ばれた少女は、やっと気が楽になったようで、花の綻ぶような愛らしい笑顔をその顔いっぱいに浮かべる。


「ママっ!あのね、今日は少し早く終わったの!だからね、今日はママといっぱいお話出来ると思ったんだけど……」


「そっか…。パパが死んじゃってから、ママお仕事ばっかでなかなか一緒に話も出来てなかったもんね…。ごめんね、加奈…」


「ううん。ママはわたしの為に頑張ってくれてるんだから、全然だいじょぶ!」


女性に抱き締められた少女…加奈はにっこりと笑顔を浮かべた。

女性はその顔を見ると、一際ギュッと強く抱き締めた後…少し体を離し、加奈と視線を合わせる。


「…加奈……ママね、この人と一緒に暮らそうと…再婚しようと思うの。パパを忘れた訳じゃないのよ。
でもね…この人と一緒になったら、加奈とももっとずっと一緒に居られるようになるし…。…ねぇ…加奈。ママ、この人と一緒になって良いかな…?」

 
「…ママ…。…再婚したら、ママは幸せになれるの?」


「うん…。なれるよ」


「…じゃあ、再婚しても良いよっ!…ママ…絶対絶対…ぜぇったいに、幸せになってね!」


有り難う…。そう小さく何度も何度も呟きながら、女性は加奈を愛しそうに抱き締めた。

女性に抱き締められている間も、加奈はにこにこと笑顔を浮かべている。

この頃は、幸せになれると信じていた…。ただ、信じ続けていた――。

 
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