(文)

□追憶に別れ
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冬が来た。寒い、寒い冬だった。
「弦一郎。話しが、ある」
小さく呼ばれた教室。
「なんだ、蓮二?」
日もとっくに落ちた午後五時。
「……実はだな。……ドイツに行こうと思う」
「旅行か?良いではないか」
簡単に返した言葉に、考え直し再び口を開く。
「……帰って、来るのか?」
「用事が終われば帰ってくるさ」
既に日本の医療の大学に進路が決まっていた蓮二から出た言葉は、永遠の別れの様に聞こえた。
「……用事とは、いつ、終わるのだ?」
「……さぁな」
短く返される。切なく、痛い。
「そ……それなら、俺も一緒に」
「馬鹿を言うな」
切られる。真剣な目に、言葉に。
「お前はここで、自分の進路を見つけろ」
「だが……」
「お前なら、大丈夫だ」
頭に触れられた手。
もう、それさえも叶わなくなる。


朝。起きる気力も無く、布団に包まる午前八時。休日で、特に予定も無かった今日はゆっくり過ごそうと思った。
「蓮二……」
支えてくれた、蓮二。
泣いてくれた、蓮二。
手を差し伸べてくれた、蓮二。
「……何故」
あの時と同じで、胸が苦しい。
布団越しに携帯電話が音を立てる。深く被った布団から顔を出し、手を伸ばす。
「……はい」
それは、同級生からの電話だった。
「真田か?柳のこと聞いたか?」
「留学するという話なら、昨日蓮二から……」
上体を起こす。寝癖のついた頭を掻くように撫でた。
「聞いてんならいいんだ。じゃあ、もう空港向かってんだよな?」
言葉が出ない。
「あれ?もしかしてそこまで聞いて無かったのか?あいつの出発、今日だぜ」
「な!何時だ!」
「確か、一時だったと思うけど」
慌てて電話を切った。そこらにあった服を適当に来て部屋を飛び出す。駅までの全力疾走も、疲れはしなかった。電車に飛び乗る。車内で息を整えながら、早くとばかり願う。早く、蓮二の所へ。


空港。休日だからか、何時もより人が多く感じる。やっと到着した午前十一時。息を切らしながら蓮二の姿を探す。この人ごみで見つかるならば、絶対に……。
「何処だ、蓮二……」
蓮二に、伝えたい。
「蓮二!」
足を止め、叫んだ場所は、入場口。
「蓮二……」
周囲を見渡すが、その姿は何処にも無い。
「弦一郎……?」
が、後方から聞こえた声は、あの、優しい声だった。
「蓮二……」
「おいで」
軽く手を引かれ、壁際へと移動する。
「何故、来たんだ?」
「お前は!……蓮二は、何故大事な事を言わん!」
咬み合わない話に蓮二は首を傾げる。
「何故、出発が今日だと伝えなかった!」
そんな蓮二の正面で一括。今まで会っていた目が逸らされる。
「……お前に、会いたくなかったからだ」
悲しい答え。
「お前に、会いたくなかった」
小さく、聞こえずらい声から、確かに聞こえた。
「蓮二……」
会いたくない。
「お前に、見られたくはなかった……」
逸らされた目から流れた雫が見えた。
「泣いて……いるのか?」
握った拳が、震えていた。
「蓮二」
悲しいのなら、寂しいのなら、何故。何故、離れていく。
覗きこむように唇を重ねる。
「弦一郎……」
軽く触れただけのそれは、一度だけの……。
「もう、時間だ」
震えた手も握れず。
「また、会おう。蓮二」
伝えたかった、ありがとうさえも言えず。
「あぁ……」
離れて行く蓮二に、涙さえ流れず。
「これで、終わりか……」
背中が見えなくなった時、初めて頬を伝う雫。独りになり、今更流れだす。溢れ、止まらない。
「蓮二……」
声を殺し、その場にしゃがみこむ。膝を抱えて、泣く。
「お前は、嘘ばかりだ……」
初めて会った時から、嘘ばかりだ。
「……ありがとう」
その言葉は、届く事は無いけれど。
「大好きな、蓮二」
何度も、繰り返す。
「さよなら」
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