(文)

□追憶に別れ
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知らない弦一郎と出会った。初めは暗い顔ばかりしていた弦一郎も、大分笑う様になった。大分、話して、目を見てくれる様になった。不意に出る昔の口癖に、肝を冷やした。懐かしい響きに悲しくなった。それでも、これが全てお前だという真実は変わらない。そんなお前に出会って、もうすぐ三年の月日が経つ。


高等学校も、残り半年になった夏の日。家に遊びに来ていた弦一郎は、部屋に合ったテニスラケットに手を伸ばしていた。
「テニスがやりたいのか?」
「嫌。そうでは無いのだが……」
言いながらグリップを適当に握り、ガットを指で掴む様に正しい位置へとずらしていく。
「蓮二が、楽しそうにしていたから、気になっただけだ」
ボールを跳ねる様に上下に降られたラケットは空を切る。
「お前も楽しそうにやっていたよ。やってみればいい。何事も挑戦だ」
あの夏の日の様に、もう一度、黄色のボールを追い掛ければいい。
「止めておこう。それよりも今は勉学だ。蓮二は、進路は、もう決めたのか?」
「嫌」
嘘を吐いた。本当は決まっていた。だが、今それを告げる訳にはいかないと言葉を飲んだ。
「そうか……。俺は、どうするかな。記憶も無い、しな……」
今では軽く冗談の様に言えるその言葉が、今でも俺には重く感じる。
「今から見付ければいい。お前の遣りたいことを、な」
持て余したラケットを置き「そうだな」と、小さく言葉は返される。
「時間はいくらでもある。ゆっくり進めば」
「蓮二……」
言葉が切られた。真っ直ぐ見つめられた目は、真剣で、悲しい。放せない瞳に息が止まった。
「何処にも……行かない、よな?」
思いもしなかった言葉に息を呑む。
「何処か、遠くに行ってしまうなど、有り得ないだろ?」
震えた声に聞こえた。
「……お前を残して、何処へ行けばいい?」
まるで、全てを知っているかの様に、切ない。
「本当だぞ。俺は、友が……お前が居なくなることだけが怖いのだ」
以前、弦一郎がくれた言葉を思い出した。
俺は永遠にお前の横を歩いていこう。独りで居なくなる事など許さんぞ。
「居なくなるな、蓮二……。ずっと……」
守れなくて、すまない。
俯いた弦一郎に近付き、頭を撫でた。短く柔らかい髪は、指先に絡み直ぐに解ける。
「……蓮二?」
「俺は、やっぱり、お前が好きだ」
言って抱き寄せる。胸元に抱えた頭部から伝わる体温は熱い。
「ずっと、愛している」
初めて口にした告白。一度胸が高鳴る。
「お前は、お前だよ。真田……」
それでもまだ、名を呼ぶことは出来なかった。悔しくなり、唇を噛んだ時放たれた弦一郎の言葉。
「……愛している、など」
ゆっくりと回された腕。背中に、手指の温もりが心地良かった。
「たるんどるぞ、蓮二……」
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