(文2)

□秋
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秋の匂いがした。朝の冷たい空気と、まだ暗い空。ちらほらと聞こえ始めた小鳥の囀り。伸びをすると、風の冷たさが身に染みる。
「弦一郎」
「……起きたのか、蓮二」
中庭の静かな空間。竹刀を持った俺に、蓮二が話しかけてくる。
「相変わらず早いな」
「あぁ。……起こして、しまったか」
横目で蓮二を見ながら、竹刀を構え、振り下ろす。
「嫌、目が覚めた。涼しくなってきたな」
長袖を手の甲まで伸ばし、蓮二は腕を組む。
「そうだな」
再び竹刀を振り下ろす。
縁側の柱に寄りかかりながら、蓮二は俺の稽古をじっと見ていた。同じ動きを繰り返す動作をじっと。
「蓮二、寒いだろう」
「問題ない」
すらっと長い脚はズボンに覆われているものの、そこから出た素足は冷たそうだ。度々足を擦りあわせながら蓮二は言う。
「そうか……」
吐いた息は、微かに白くなり、空気に混ざり合っていく。
「弦一郎」
何度か竹刀を振り下ろしたとき、蓮二が俺の名前を呼んだ。
「かっこいいな」
心臓が跳ねる。思わず手を止め、蓮二を見ると、蓮二は笑っていた。
「な、何を言うのだ、いきなり……」
「顔が赤いぞ」
からかわれているのだと気づき、体が急に熱くなった。
「こ、これは、稽古のせいだ」
「そうだな」
蓮二の柔らかな顔を見て、好きになって、鼓動が早くなって、止まらない。
「今日の稽古は終わりだ。朝食にしよう」
縁側に向かい歩く。蓮二は寄りかかっていた柱から身を起こし「そうだな」と姿勢を正した。
縁側に草履を脱ぎ、それを揃える。すると、頬に冷たい手が触れた。蓮二の手だ。その指先はとても冷たい。
まだ赤いままの俺の頬に手を当てて、蓮二は小さく言うのだ。
「温かい」
「……こんなに冷えて。……馬鹿者」
蓮二の冷たい手に、差し込めてきた太陽のような温もりを感じた。

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