(文)

□地上にある無数の星
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義務教育が終わり、高校へ行き、大学の課程も終了して、何年が経っただろうか。月日が足早に過ぎていき、気が付けば新しい仲間にも恵まれ、毎日それなりに楽しく過ごしていた。
昔の事など、今は遠い記憶だと、忘れかけていた。


机の上に山積みにされた書類に目を通す。電子器具の扱いにもすっかり慣れた。
「真田さん。少し休憩してはどうですか?」
そっと机の端に置かれたマグカップには、熱々の珈琲が注がれていた。
「有難う」
マグカップを左手に持ち、口を付ける。珈琲の深い香りが届き、口いっぱいに広がる。
「美味いな……」
言葉に珈琲を運んできた同僚は、はしゃいでいる様にも見えた。
もう一度口を付け、マグカップを机に戻し、再び書類に目を落とそうとした時、机の端で光る物に気が付いた。携帯電話が何かを知らせて光る。使い慣れたそれを取り、開くと、メールの知らせがあった。確定ボタンを押し進めると、そこにあったのは、懐かしい人物の名前だった。驚き、時が止まったかの様に感じた。そのメールは短く、こう書かれていた。

―星を見に行かないか? 柳蓮二―

連絡を取ることも無くなっていた、蓮二からの知らせ。返事を送る指が震える。

―構わない。
真田弦一郎―

そんな短い返事に、返事が返って来たのは、夜の九時を回った頃だった。


何時もの様に残業を終わらせて帰ろうとした頃、携帯電話が光り始めた。開き、確定ボタンでページを開く。

―会社の前に居る。 柳蓮二―

入社仕立ての時に一度、会社の名前は告げてはいたが、会社が変わっていたらどうするつもりだったのだろう。そう思いながら、ロビーまで急ぐ。息を切らし会社を出ると、一台の白い車が止まっていた。その車にクラクションを鳴らされる。近付き助手席のドアを開ける。
「遅くまでご苦労だな、弦一郎」
「俺が会社に居なかったらどうするつもりだったのだ、蓮二」
運転席に座る蓮二は、見慣れるスーツ姿をしていたが、あの頃と同じ香りがした。
「お前は居るよ。仕事熱心だからな」
答えに戸惑いながら扉を閉め、シートベルトを閉めた。
「だが、なぜ急に」
「星を見に行こうなどと、か?」
思考を読み取る癖も変わらない。
「あぁ……」
車が出て、前方しか見ない蓮二の横顔は、見慣れない。
「今日は、七夕だからな」
七月七日。そんな日も合ったと思い出す。
「お前と見に行きたかったんだ」
見慣れない横顔を再び。何が違うのかと思ったら、そうか
。蓮二が眼鏡をかけているのだ。
「……眼鏡にしたのか?」
照れ隠しの様に話を帰ると、蓮二は笑っていた。
「運転する時だけだよ。それにしても、お前のそんなところは変わらないな」
「蓮二も、変わらない……」
車は都内を抜け、人気の少ない山道を進む。車内にかかる洋楽と、二人の懐かしい話に、暗い道も明るく見えた。


車がぽつぽつと止まっているのが分かった。
「此処か?」
「あぁ。少し歩くが、構わないか?」
「あぁ」
駐車場に車が止められ、車から降りる。生温い風が肌を撫でていく。
「こっちだ」
二人肩を並べ歩くのも久し振りのことだった。
「話は始めに戻るが、今日はお前と星を見に来たんだ」
蓮二がゆっくり口を開く。が、そんな事は分かっている。
「だが、予定変更だ」
「……何故だ?」
「残念ながら、曇ってしまった。星が見えない」
長続きして居る梅雨が邪魔をしていた。空を見上げると、星も、月さえも見えない曇り空だった。
「気が付かなかった……」
「一日中オフィスに閉じこもっているからだ。少しは昔の様に天気も気にしたらどうだ?」
言われれば、最近空を見なくなっていた事に気が付く。
「そう、だな……」
それだけ、余裕が無かった
のだろうか。
「そこでだ。お前に見せたいものがあってここに来た」
手を引かれ、ゆっくりと歩く。触れた手には、今でもテニスで出来た肉刺があった。
「いつか、弦一郎も見せてやりたいと思っていたんだ。心がとても落ち着く」
見晴らし台とかかれた看板を曲がる。そこに広がる、街の明かり。光り輝く宝石の様に、太陽の木漏れ日の様に温かく、美しい。
「………」
「俺の好きな場所だ。気に入って貰えたか?」
「あぁ……」
素晴らしさに言葉を無くす。目頭が熱くなった。
「なぁ、弦一郎。俺達はまた、昔の様に戻れないだろうか?」
蓮二の声。
「俺は、あの頃の様に、ずっとお前の側に居たい……」
それは、感じていた同じ思い。
「側に……。俺も、蓮二の側に居たい」
蓮二の肩に寄り添うと、蓮二もそっと寄り添う。あの頃の思いは、決して消えてなどいなかったのだと、嬉しく思った。会えなかった日々をこれから、二人で取り戻していくのだと、地上の星に誓う。

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