(文)

□握手
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溜め息が室内に響いた。誰も居ない放課後の教室。机に頬杖を付き、真田は溜め息を吐く。
「十三回目だ」
声に体が弾んだ。顔を向けると、柳の姿がそこにはあった。
「れ、蓮二……!い、いつから、そこに居たのだ?」
焦る口調に、柳は冷静に返答する。
「お前の十三回の溜め息を聞く前からだよ」
何時なのか全く分からないその返答に真田が首を傾げると、柳は笑いながら続ける。
「何やら真剣な顔をしていたのでな。声を掛けそびれた。すまない、驚かせてしまったな」
「嫌、いい。こちらこそすまない」
「何かあったのか?」
「……別段には」
「そうか」
言える筈が無かった。“お前の事を思っていたのだ”など、決して真田には言える筈が無かった。柳は一番大切な友人だが、そんな柳に恋愛感情を抱いているなど、知られてはいけない事だと、真田は固く口を閉じた。
「帰ろう、弦一郎。暗くなる前に」
「あぁ」




会話も無く、肩を並べる。偶にぶつかっては離れる。近くて遠い。傷つく事が嫌で離れる。心も、肩と同じだと、真田は思う。
「弦一郎」
何時にも無く小さな柳の声。
「お前に言っておきたい事がある」
「なんだ?」
流れる様に涼しい柳の横顔。
「前から、ずっと言おうと思うっていたんだが……」
風に乗る柳の香り。
「……その帽子、似合ってないぞ」
開いた口が塞がらない。
「なっ!こ、これはお祖父様から頂いただな……!」
真田の必死な声に、柳は笑った。
「知っているよ。冗談だ」
柳は、暫く笑っていた。真田はそれを見て、腹を立てながらも、可笑しくなる。
「さぁ、此処でお別れだ」
気付けば、何時もの別れ道。
「弦一郎。握手をしよう」
言いながら柳は左手を差し出す。
「何故、握手なのだ?」
「いいじゃないか。たまには……」
拒む必要も無いと、真田は左手を差し出す。触れた手は、とても温かいのに、とても冷たく感じた。
「有難う」
柳の小さな声。
「じゃあな、弦一郎」
「あぁ、また明日」
離した手を小さく上げる。そして、別々の道を、二人は歩き出す。
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