(文)

□ツキアカリ
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肩に雫が落ちた気がした。濡れた髪を水が滴り落ちて行く。
テラスにあるベンチに座り、時間が経つのも忘れ、空を見ていた。
眼帯で塞がった左目が、遠近感を無くさせ、空が一段と近く感じた。
「風邪を引くぞ」
背後からの気配に気がつかないまま、髪をぐしゃぐしゃにされる。
「れ、蓮二……?」
少し頭の揺れを感じながら、頭に触れる人物を呼んだ。
「何をしていたんだ、弦一郎」
蓮二のその声は、優しい。
「月を……。月を見ていた」
秋の空に浮かぶ月。今にも消えてしまいそうな程の細い三日月。
「山に居た時は、月見などする余裕すらなかったからな。今、ゆっくりと流れる時間が心地良い」
蓮二は何も言うことは無かった。が、その変わりにもう一度髪をぐしゃぐしゃにした。先程よりも強く。
「おい。れん」
刹那。首を後ろに持っていかれる。
「……じ?」
目の前には、蓮二の瞳。額に触れた温かく柔らかい感触。
その状態に気づいたのは、蓮二の顔が遠ざかってからだった。
「な!何をするのだ蓮二!」
慌ててベンチから立ち上がり、額を押さえる。喉が渇いた。身体がどんどん熱くなるのを感じる。
「予想以上の反応だな」
蓮二は、笑っていた。
「山を下りて来ても、お前のそういうところは変わらないな」
驚いて見開いた目を閉じて笑って見せる。
「ふ……。俺がこの程度で動揺するはずが無いだろう」
「ほう。では」
蓮二は自らの口に人差し指を添えて言う。
「試してみようか?」
高鳴った胸が治まらないのを、蓮二は見透かしているようだった。
ベンチに片膝を立てた。強がって近づけた顔。触れたら、胸の鼓動が聞こえてしまうのではないか。そんな事を思いながら、一度だけ進んでキスをした。

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