(文)

□「嫌いになれる訳が無い」
1ページ/1ページ

 いつもと代わりの無い練習風景。何気なく流れるゆっくりとした時間。蓮二と肩を並べて次の練習試合の組み合わせを見る。
「真田、柳」
正面からの声に顔を上げると、幸村が居た。
「何をしているんだい?」
「次の練習試合の組み合わせだ」
「へぇ。俺にも見せてよ」
言って、俺と蓮二の間に割り込んできた幸村は妙に楽しそうだった。
「適切な意見を頼みたい」
蓮二はバインダーに挟まれた紙を幸村に見せながら呟く。
「うん。いいんじゃないかな?あ、そうだ真田。赤也が練習に付き合って欲しいって言ってたよ」
こちらに向けられた眩しいくらいの視線にたじろぐ。
「そうか。だが、今は組み合わせを」
「こっちは俺と柳でやっておくから、行っておいでよ。後輩の相手をするのも立派な役目だよ」
この視線には、逆らえない。
「そ、そうか。では、後は頼んだぞ」
踵を返す。刹那呼び止められる。あの声に。
「弦一郎」
振り返ると、蓮二が此方を見つめていた。それをつまらなそうに幸村が睨んでいるようにも見えた。
「・・・・・・いや。なんでもない。あまり赤也を虐めない様にしろよ」
「あ、あぁ」
もう一度踵を返し歩き出す。後ろの二人が、とても気に掛かった。

 帰り道。独りで歩く通学路に、一つの声が響く。
「真田!」
掛けてくる人物に目を疑った。
「幸村!走るな!身体に・・・・・・!」
「大丈夫だよ。今日は、柳は一緒じゃないのかい?」
涼しい顔をして幸村は横を歩く。
「今日は、用事があるらしくてな。先に帰った」
一度此方に向けられた視線は、直ぐに逸らされる。
「そう」
暫くの無言が続く。重圧に押しつぶされそうになるのを必死で堪えた。
「ねえ、真田。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「真田は、俺のこと好き?」
急な質問だった。
「な、何を言うのだ」
「応えて」
足を止めた幸村に対し、思わず足を止める。
「どう?」
向けられた真っ直ぐな眼差し。熱い。痛い。イタイ。
「・・・・・・き、嫌いな筈がないだろう」
「そうか。嬉しいな」
歩き出した幸村は、俺の前に出たとき再び足を止める。
「じゃあ。俺と柳、どっちが好き?」
夕闇に包まれた道に灯りが点る。
「なっ!」
人通りの少ないこの道で。
「好きなんだろ、柳のこと。知ってるよ。付き合ってることも」
幸村と。
「ねぇ、どっち」
二人。
「正直に言ってくれていいんだよ」
後込む。
「どっち」
電柱にぶつかる。一歩また一歩と近づいてくる幸村に合わせ、後退を続けた結果が此れだ。
「俺を見て、応えて?」
瞳に吸い込まれそうになる。
「お、俺は・・・・・・」
逃げ場は、ない。
「蓮二が、好きだ・・・・・・」
「そう」
一度目を伏せた幸村に。
「すまない」
胸が痛かった。
「いいよ。そんな言葉要らない」
再び合った瞳。
「けど・・・・・・」
いきなり奪われた唇に、息が出来なくなる。絡んだ舌が、熱い。
「自信があるよ。柳よりも幸せに出来る自信が・・・・・・」
肩で息をしながら聞いた言葉に息を呑んだ。

 「ごめん。待たせちゃったかな」
公園の片隅に立つ桜の気に凭れ掛かる人影。
「嫌」
組んできた手を解き、姿勢を直した柳は、俺の方に向き直る。
「それで、話とはなんだ」
「分かってるんじゃないの?」
「なんのことだ」
分かっていて言っている。絶対に、全てを。
「実は、柳にお願いがあるんだ」
「聞こう」
いつもより低い声。
「真田を、俺にくれないかな」
「断る」
直ぐに出された答えに思わず笑いがでる。
「じゃあ」
軽く背伸びをすると、顔が同じ高さになった。
「俺のものになる?」
口付けを。深く、深く。離れた時、自分の唇を舐めた。鋭い目で俺を見ていた柳は、顔色一つ変えることはない。其れさえも可笑しく思え笑みが浮かぶ。
「柳」
腹が立つ。
「その目が、大嫌いだ」

 掻き回された。布団の中で唇に触れる。
「幸村・・・・・・」
思い出し、直ぐに放す。
「・・・・・・蓮二」
名前を呼ぶと、心が痛かった。
「此れは、伝えるべき、なのか?」
言える筈などない。決して。深く吐いた溜息の後に携帯が音を立てた。
「!!」
慌てて出ると、聞き慣れた声が。出来る事ならば、聞きたくなかった声が聞こえた。
「真田」
機械音が混じったその声におののく。
「ゆ、幸村か」
「ちょっと、出てこれるかな?今、真田の家の前なんだけど」
耳を疑う。うろたえながらカーテンを開けた。此方に気付き、幸村は軽く手を上げる。
「待っていろ。直ぐに行く」
廊下を急いだ。外へ出ると、幸村の姿がない。
「・・・・・・幸村?」
小さく呼ぶと家の曲がり角で声がした。
「真田。こっち。少し、歩こう」
言われるまま向かう。角を曲がると、其処に立ち尽くす幸村を見た。
「聞きたいことがあったんだ」
俺が来たのを確認して幸村は前へと進む。
「・・・・・・。聞きたいこと、とは」
合わせて一歩を踏み出す。
「夕方のこと」
思わず足を止めた。動けなかった。
「言っただろ。柳より幸せに出来る自信があるって」
二、三歩歩みを進めて幸村も止まる。
「そ、それが、どうかしたのか」
振り向いた幸村は笑っていた。
「俺と付き合ってよ」
かと思えば、直ぐに真面目な顔をする。
「愛してるよ、真田」
近付いて来る。
「ゆ、幸村」
たじろぐ。
「どう?」
目の前で足を止めた幸村は、あの時と同じ顔をする。
「だ・・・・・・駄目だ」
「どう駄目なの?」
「いつも、俺の中にいるのは・・・・・・蓮二だから」
震えている声が聞こえた。震えている自分の声だ。
「そうか・・・・・・」
やっと、呼吸が出来た気がした。夕方から引っかかって取れなかったものが、取れた気がして、楽になった。そうして大きく息吐いた。瞬間、笑い声が響き渡る。
「ゆき、むら?」
「馬鹿じゃないの!」
先程のか細い声ではない。荒らげる。
「勘違いしないで。俺は、楽しんでるだけだよ」
「ゆ・・・・・・」
「君達が俺に掻き回されて自爆していくのを楽しんでるだけだ」
狂ったかの様に笑う幸村に身の毛がよだつ。
「気付かなかったの?」
哀れむ様な目で見ないでくれ。
「な、何故、だ?」
「何故?だから馬鹿だって言ってるんだよ!愛?恋?可笑しくて腹の皮が捩れそうだ!愛してるのも嘘、全部嘘だよ!掻き回してあげたいんだ君達を!そして破滅していく。楽しいだろ!」
こんな幸村を見たのは。
「そうだ。いいこと教えてあげようか」
初めてだ。
「俺、あの後、柳ともしたけどいいよね」
「・・・・・・蓮二に何かしたのか!」
焦りと怒りが交叉する。
「別に。君の分まで愛してあげただけだ」
「幸村!」
また。
「冗談だよ。柳は全部分かってたみたいだけど。・・・・・・さぁ、真田」
また、呼吸が出来ない。
「まだ、俺が好き?」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ