(文)

□ラムネ
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 縁側で足をバタつかせると、生温い風に触れた。
「じいじ!早く、早く!」
「待っておれ弦一郎。直ぐに開けてやるぞ」
汗を掻いたラムネを持った祖父の手を、ドキドキしながら見ていた。蓋が開いたときのガスの抜ける音も。小さく聞こえたビー玉の音も。溢れ出した炭酸も。全てが初めてで胸が弾けた。
「ほれ。空いたぞ、弦一郎」
「ありがとう!じいじ!」
祖父の手から受け取ったラムネは冷たく、砂糖の液体でべた付いていた。プラスチックの口から注ぎ込んだそれはとても甘く、喉に炭酸が沁みた。瓶の中で遊ぶビー玉は、日の光を集めキラキラと光る。
「美味いか?弦一郎」
「はい!」
残りのラムネを一気に飲もうと瓶を傾げると、ビー玉が口を塞ぐ。それが解らず、覗き込むと同時に傾げた瓶から出てきた炭酸水は、止める間も無く顔へと掛かった。祖父は声を上げて笑っていた。可笑しくなって、笑った。

 飲み終わった後、祖父はキャップを空けてビー玉を取り出した。ビー玉に付いた液体を軽く親指で拭うとそれを渡してくれた。掌に乗ったそれは冷たく光る。嬉しくて仕方がなかった。何時間経っても其ればかり見ていた。縁側のある廊下の襖を開け放った座敷に寝転びいつまでもビー玉を眺めていた。そしてそのまま、夢へと落ちた。ビー玉をグッと握り締めて。

 不意に其れが蘇った。その部屋に居たせいだからだろうか。蓮二から貰った匂い袋を手に、夏の日差しが差し込んだ部屋に寝転ぶ。縁側には、あの時と同じ光る瓶。けれど、全く同じことはない。光る瓶が二つ並んで、長い影を作っていた。小さな布の袋は、知った香りを届ける。
「似ているな。あの時と」
自分にしか聞こえない小さな声で呟く。
「あの時も、こんな気持ちだったか」
目を閉じると、あの時の風景が見えた。懐かしく、心地よい。
「弦一郎」
微風が髪を撫でた。
「なんだ」
優しく大きな手のように。
「寝ているのか」

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