(文)

□蓮華的付合方
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【春】


 待ち合わせ三十分前。壁に凭れ掛かる人影を見つけた。いつものように風に髪を靡かせ、涼しい顔をしていた。その美しさに思わず足を止める。
「どうした、弦一郎?」
全てを見透かした目で此方を見た蓮二は口角を上げる。
「早かったんだな。蓮二」
「お前が三十分前にここに来る確立は九十八パーセントを超えていたからな」
「……そうか」
それならば、お前はいつからここに来ていたのかと問い掛ける間も無く、蓮二は目を丸くした俺を正面から見た。
「では、行こうか。弦一郎」
直ぐに向きを変えた蓮二は足早に独り歩みを進めた。

 蓮二の横顔を見ながら歩いた。
「今日は、映画だったか?」
「あぁ。俺の好きな映画監督が時代劇を作ってな」
「それで、俺を?」
覗き込むようにして見た蓮二の顔は、笑っていた。
「知人からペアチケットを貰ったのだが、行く相手が居なくてな。それで、弦一郎が時代映画を好きだというのを思い出したので誘ってみたのだが。不満だったか?」
「嫌。有難い。俺も見たかった映画だ」
「それは、何よりだ」

 映画館で、二人肩を並べて見た映画は、人情の機微が見え隠れしていた。淡々と進む話の中に、それは深く刻み込まれていた。
らしい。
「そこまでは読み取れなかったな」
映画の後入った喫茶店は、珈琲の香りで満たされていた。
「俺が好んで見るような映画だからな……。やはり少し難しかったか?」
蓮二の話を聞く限りでは、とても深い話だった。蓮二が見る映画にはぴったりだとも思った。きっと、蓮二が人間観察能力に優れているのもそのためなのだろう。
「嫌。あの刀の使いこなしには感動した。いい勉強をさせて貰った」
「そうか」
「あぁ」
頷いて、先程売店で買った小さな刀のレプリカを右手で持て余した。

 テーブルのカップが空いた。
暫く映画の話を聞かせてくれた蓮二は、思い出したかのように話を進める。
「弦一郎。少し付き合って欲しいところがあるのだが……」
「構わない。何処だ?」
聞いて、直ぐに口を開いた。
「待て。当てよう」
じっと蓮二を見つめ、腕も組んだ。それを面白がるように蓮二はテーブルに肘を突く。
「図書館だろう」
少し身を乗り出し聞いた俺に「その根拠は?」と蓮二は問い返す。
「この間、読みたい本があると言っていたからな」
「成程?それは面白い読みだ」
「どうだ?」
弾むような声で聞くと、蓮二は驚いていた。それは、自分自身でも驚いた程で、何だか可笑しくなる。
「残念だが今回は不正解だ」
「そう、なのか?」
あからさまに肩を落とす俺に、少し悪いことをしたかと思ったのか、蓮二は苦い顔をした。
「今日は、もう少し気に入って貰える場所だと思うのだが」
「楽しみだな」

 どのくらい歩いただろうか。春の陽気に、時間が経つのを忘れてしまっていた。
「ここか?」
蓮二が立ち止まったところで問うと、小さく「そうだ」と小さく頷く。
時代劇にでも出てきそうな小さな茶屋だった。
「座っていてくれ」
赤い布の掛かった長椅子を指差すと蓮二は茶屋の中へと入っていく。其れに座ると、目の前に桜が散った。店の前から永遠と繋ぐ桜の木。淡い色の花は、風に乗って左右に揺れる。
「どうだ?」
「あぁ・・・」
言葉も出なかった。
「老夫婦が営んでいる茶屋でな。先日たまたま見つけたんだ」
隣に腰を下ろした蓮二は、俺の視線をゆっくりと辿りながら腰を下ろす。暫くしてお茶と団子を持ってきた老婆は「ごゆっくり」と言葉を残して行く。
「・・・・・・いいところだ」
抹茶の入った椀を手に取り、それに口をつけた。その様子を見ていた蓮二は目を見開く。桜に揺れた黒く短い髪がとても綺麗に見えたからだろう。微笑んで閉じられた目は、目の前の桜を見る。舞い散る花弁を追うと、お茶に浮かんだ花弁が目に入った。

 「付き合わせて悪かったな、弦一郎」
空になった椀を手で持て余しながら蓮二は呟く。
「嫌。いい経験をした」
「気に入ってくれたのなら良かった」
優しい微笑が、少し淋しく感じる。
「そろそろ寒くなるな。帰ろう」
立ち上がった蓮二の背中を見て、昔の事を思う。いつから、この背中を、蓮二を見てきたのだろう。
「・・・・・・桜」
思い出した。入学式の教室。あの時から、気付いたら蓮二の姿を追っていた事を。
「どうした、弦一郎?」
一言で現実が見えた。左手は、無意識に蓮二の服を掴んでいた。
「す、すまない!」
慌てて放した手を、蓮二は捕まえて放さない。握られた手が、温かかった。
「夕日に染まる桜も、いいものだと思わないか?」
しっかりと繋ぎなおした手。
「・・・・・・そうだな。行こうか、蓮二」
桜並木の下で蓮二と初めて手を繋いだ。
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