中編

□どうにもならない7歳差
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友達に言ったらようやく、らしいが私からしたらあっという間である。加藤君とお付き合いを始めて早三ヶ月。特に変わった変化が訪れることもなく、彼は高校を卒業する。
先輩来ますか?なんて笑って言われたが私が行ったらただのお姉さんだよ、と笑って返してやった。


「いやー、でもこーゆうとき年の差感じるね」


休日、友人とカフェでお茶をしながら話は加藤君の話になった。まあ流れでこうなることは予想できていたんだけど。こくん、可愛い丸いカップに口をつけてカフェオレを飲む。ミルク、砂糖たっぷりで甘くしている。いつもながら甘そう、と苦い顔をする友人においしいよ、と返すのもいつものやり取りのひとつだ。


「彼、進学だっけ?」
「うん。家手伝いながら専門通うってさ」
「うわお、優秀な人材じゃん」


今の世の中資格が欲しいからね、と返すもじゃあまだ学生かと結構気にしていることが突き刺さる。う、と口ごもるとおや、と友人が勘づく。そこら辺は、本当に嗅覚が鋭いと思っているよ。そこかー、と今日呼ばれた理由がわかったんだろう。



「結婚、すると思う?」
「…まあ25にもなれば嫌でも考えるってね」


別に強要しようというつもりはない。だが、彼はまだ学生で、まだまだ出会いがある。言い方が悪いとは思うけど、私には結婚適齢があって、彼にはまだまだこれからがある。がっついてると思われたくはない、だけど私もそんな幸せを考えるものなんだ。


「そーか、あんたは加藤君の重荷になりたくないわけだ」
「…そーゆう、ことかな…」


進学ということはまだ学生と呼べる。彼はこれからもっと大きな世界を見ていくし、知っていく。高校生という小さな世界で見つけた私のことを、彼はずっと好きと言ってくれるのだろうか。


「彼が、好きなの」
「うん」
「でも、彼のこれからを考えれば私は邪魔なんじゃないかと、思う」
「うん、そう考えても不思議じゃないね」


友人は苦いコーヒーを口に運ぶ。加藤君と同じ、甘いものが苦手だから。この匂いはすごく安心する。彼の匂いと同じだから、彼が隣にいるように感じることができるから。
これから先も、それが可能なのか。私の隣には彼がいて、そんな幸せを感じることができるんだろうか。


「お付き合いしても、悩みなんて消えないよ」


テーブルを見つめていると頭にぽんぽんと柔らかい感触が置かれた。目線を上げると友人が優しく笑って頭を撫でていてくれいた。


「結局、両想いでも人は人だからね。相手の心を読めるわけじゃない。だからこそ、あんたは加藤君と話す必要があるんじゃないかな」


同い年のはずなのに、やはり彼女の方が年上に見えてしまう。見た目も中身も尊敬する女性。そんな人に憧れるだけでわたしは見た目も中身も成長してくれない。何が悪いのか、全体的に私自身の問題であるからあまり強く言えることはない。結局私が自分で一歩一歩踏み出すしかないんだから。
うん、と小さく頷くとよし、と目を細めて微笑んだ。あまりにも優しかったから中身が違うのかと疑った。無論真顔で殴られた。痛い、本気で。


「くだらないこと考えないでよろしい。で、いつなまえの子供見れる?」
「そんな期待した目で見るな!」


お前は私のおかんか!というツッコミで場の空気は元に戻った。ほんとに、こーゆうところが尊敬に値すると思った。性格に難ありだがな。
さてさて、私は私でやるべきことがある。まずは友人にも言われた通り、加藤君と会って話すこと。実際、彼と付き合ってからというものそれ以前よりも会う回数は極端に減った。ご飯に誘っても以前は入れてなかった日にバイトを入れていて断られたり、何だか悩んでるみたいだから話を聞いても何でもないと返されるのがいつものこと。ここまでくれば誰だって何かあるって気づくものだ。
それをここまで繰り返されては私に何か問題があるのではと疑ってしまう。もしかして、もう私のこと好きじゃないとか…そんなネガティブなことしか考えられない自分が憎い。


「…あ」


駅前で彼を見つけるも、彼の周りには学生達がいた。胸についたピンクのコサージュが見えたから同じ卒業生達なんだろう。ああ、楽しそうだなあ。つい立ち止まって彼らを見ていても思う、彼の笑顔は男女共に引き付ける。それは私にも言えることで、彼だからこんなにも胸が暖かくなる。
そこにいるのは女子生徒もいて、もしかしたらこれからみんなで卒業祝いにでも行くんだろうか。私もそんなことしたなあ、なんてしみじみ思い声をかけるのをやめた。別に今日は会う予定ではなかった。たまたま見つけたから見ていただけだし、彼の友好関係に口出しはしたくない。よし、帰ろうと足を動かした。今日は歩いて帰ろうかな、そう考えて鞄を持ち直した。


「…はあ、さむ…」


ぐいっと首もとのマフラーをあげる。なんだかいつも以上に寒い気がする。今日は、彼に電話しない方がいいかな。高校生のテンションはきっと今日すごいだろうし、私はまたいつでも話せる。今日じゃなくても、いいんだ。私は我慢するべきで、彼の時間を邪魔しちゃいけない。そう考えて、私は携帯を見る。二人で撮ったもの、しかしこれは付き合う前のこと。酔ったお客さんになぜか入れと加藤君と二人で撮った。あのときのテンションで肩を組んでいる。実際、あのときの方が気兼ねなく接していたように感じる。
そう、今の私は彼との距離を計りかねている。以前はこんなに悩むことはなかった、好きなときに彼の名前を呼ぶことができたんだ。けど、今は呼びたいのに呼べない、彼の名前を言おうとするだけで戸惑ってしまう。
彼からの好き、は嬉しいのだけどその好きを聞けば聞くほど私は彼とあってないんじゃないかと思ってしまう。彼の好きに将来性を感じられない、は私の勝手な言い分。だけど、私は求めてしまう。彼との将来、一緒にいる未来を。
握っていた携帯が震え、うわと驚く。画面に表示されたのが加藤君だから驚きがまた膨れてすぐに出た。
も、しもし、少し口ごもったけど電話越しの彼は先輩!とすごく嬉しそうな声を出した。


「加藤君、卒業おめでとう」
『ありがとうございます!ようやくって感じですよ』


やはり卒業は特別。私は素直にお祝いの言葉を言える。加藤君の喜んだ声を聞けば私も自然と笑顔になれる。バイトは続けるのか、と聞けばやめる、とのこと。そうか、だからこそあんなにシフト入れてたんだ。最後だからみんなと働いていたんだ。


『先輩と同じことしてみたんです』
「え、」
『先輩もバイトやめるとき、ずっと店にいましたよね』


今でも覚えてるんすよ、と話す加藤君。そう、私もそんなことをした。みんなと過ごしていた店は私にとって大事だった。築いた関係を大切にしたくて、1週間毎日出てみんなにちゃんとお礼を言った。ありがとう、楽しかった、また遊ぼうね。長い付き合いのマリちゃんと公君は仕事前に泣いてしまって驚いた。だけど、加藤君はありがとうございました、ってものすごく引き締まった顔をしていたから逆に覚えていた。


『先輩の最後、目に焼き付けようとしてましたよ。だからこそ、泣けなかった』


好きな人の働いてる姿見てたかったんす、なんて簡単に言うから顔に熱が集まる。彼にそんな思いがあるとは知らなかった。そうだったんだ、と返すと加藤君は少し黙ってからまた口を開く。


『今、どこにいますか』


会いたいです、その声はすごく真剣でさっきまで考えていたことが頭によぎる。何で、そんなことを言うんだろう。彼は確かに同級生達と一緒にいたのに。


「友達と一緒じゃないの?卒業祝いとか」
『誘われたけど断ったんす』
「なん、で…」
『それよりも、なまえさんに会いたかったから』


声しか聞こえない状況がいろんな想いを連想させる。なんで、今こんなことをいうのか。すごく大切なことがあるのはわかる。会わなくちゃいけないのに、私はすごく戸惑っている。会ったら、この気持ちをぶちまけてしまいそうで、怖い。


「ま、だ会社なの。仕事残ってて、まだ帰れない」


なんてことを言っているんだ。今私がいるのは帰り道で、彼とも帰ったことがある住宅街。周りに人はいないから声は入らないだろうけど、嘘をつく必要なんてないのに、私は逃げてしまっている。電話の向こうから声は聞こえない。彼は聞いているんだろうか、それでも私の口は止まらない。


「友達との時間は、今しかないんだから。私のことより、友達を、優先すべきだよ」


嘘だ、本当は会いたい。彼と話をしたい、友達より私を優先してほしい。だけど、それは私のわがままだから、口にすることはできない。彼のことを考えれば私が引くしかない。
彼の声が聞こえない、不安になって加藤、君?と呼び掛けるも返事がないからいつの間にか切れていたのかと画面を確認しようとしたときだ。走ってくる足音、後ろを振り向こうとしたのにできなかった。
寒かったのに、一気に暖かくなる。え、と思うも抱きしめられて動けない。見えるのは私の名前の入った通話中の画面。先輩、と呟く彼はさっきまで電話越しで会っていた人物。


「かと、くん…」
「なんで、嘘つくんすか…」


ずっと後ろいましたよ、とまさかの発言に顔が暑くなる。い、いつから…聞いてみれば駅で見つけたから追いかけてきたという。本当にずっといたんじゃないか、と恥ずかしさで顔を手で覆った。


「なまえさん」
「…な、に」
「なまえさん、顔見たい」


後ろからのぞきこむように声をかけてくるから、私はさらに顔を隠す。こんな顔を見せられるわけがない。やだ、いやと駄々をこねているとそうっすか、となぜか彼は嬉しそうに返事をしてくる。私はそれどころじゃない、彼がいてくれることが現実とは思えなくて、抱きしめられているこの状況が嘘に感じられて、だけど私の名前を呼ぶ声が彼のもので、温度も全部感じている。あるのは、彼のものばかり。


「かと、くん」
「なんすか?」
「なんで、」


追いかけてきたの、その疑問は小さかっただろう。でも、加藤君はだから、と呆れたように息を吐いてからさらに私を抱きしめ耳元で囁く。



「なまえさんに会いたかったんすよ」



ずっと、デート断っててごめん。会えなかったことへの謝罪だろうけど、そこまで責めていることはない。私も仕事といって断っていたこともあったんだから。私が気にしているのは、その理由。どうして、そこまでバイトに入っているのか。確かに私がやめるときのことを真似しているといわれればそうなのだが、彼はそれだけではない気がする。
彼は私を離してから、前に立つ。制服姿はこれで最後だろう、ダウンのポケットに手を突っ込んでずっと、渡したかったんですよ、と何かを取り出す。その様子をただ見ているだけで私は彼の行動に驚くだけ。彼の手にあるのは小さな箱、それ、は…と口にしてしまうも彼はにかっと歯を見せて笑う。それから、私の左手を掴みそっと持ち上げた。その動作は以前参列した結婚式で見たもので、ずっと憧れていたものだった。
薬指に輝くのはシルバーリング。何も装飾はない、それでも場所は特別なもので私はぱっと顔を上げて、彼を見た。少しだけ赤らんだ頬、寒さから吐く息は白い。場所は住宅街で、ムードも何もない。だけど、私には全てが特別に見えて、滲んだ。



「なまえさんが好きです、俺と結婚してください」



その言葉に私はいつの間にか泣いていて、加藤君が見えなくなっていた。どうして彼はここまで私のことを考えてくれるのか。私はいつも、自分のことで精一杯で、彼のことを考えると胸がいっぱいで喜ばせたいのに、いい方法が思いつかない。左手で、加藤君の手を握り彼の顔を見つめる。彼はただ私を見ていて、待っている。私の答えを、待ってくれているんだ。



「わ、たし、25だよ」
「だからなんすか、歳の差なんて関係ないっすよ」
「まだ、まだ加藤君の、知らないこと、とかあるし、もしかしたら、幻滅、するかもだし…」
「それら含めた上で、プロポーズしたんす」



本当に、私でいいの…?私の最後の質問に彼は目を細めて微笑んだ。握る左手を持ち上げ、薬指に唇を寄せた。それは永遠を誓っているかのようで、私は彼を見つめていた。そして私を見る彼の目は学生、と呼べるものではなかった。覚悟を決めた、あの日と同じ目。



「必ず幸せにする、だからなまえさんの全部を俺にください」



全部を、という彼に私はさらに泣いた。彼は全てをかけて、私にプロポーズしてくれている。それなのに私は加藤君が、加藤君の、と全てを彼のせいのようにいっては逃げてきていた。自分の気持ちも、認めようとしないで。右手で涙を拭ってから、また彼を見つめる。可愛くない顔はわかってる、だけど私は彼に伝えなくてはいけない。私の想いを、私の全てを。彼が全部を伝えてくれたように、私は応えなくちゃいけないんだ。



「全部、全部加藤君にあげる…」
「なまえさ…」
「よろしく、お願いします」



恥ずかしさで顔が暑いのはわかってる。でも、今はそらせない、もう逃げたくない。じっと見ていると彼は空いている手で私の頬に手を置いた。親指で目尻を拭い、それから私の名前を呼んだ。あまりにも熱のこもった声に私は胸の高鳴りが止まらない。だけど、彼から伝わってくるものもそれくらいで、緊張してたんだとわかる。


「ほ、んとに…?」
「本当に」
「まじか…俺、震えてんだけど」


うん、伝わってきてる。そう返すと眉を寄せて笑って、私を引き寄せた。真っ正面から、彼は私を抱きしめてきて私も彼の背に手を回した。大きいのに、今は子供のように震えている。加藤君、名前を呼ぶとさらに抱きしめてきて俺、と震えた声で続けた。


「なまえさんに会えて、好きになってよかった」


その言葉に、私もまた泣きそうになったけどそれ以上に加藤君の声が掠れ気味だったから年上ぶった。これから君の卒業祝いをしよう、家でケーキでも食べようよ。ご飯も作ってあげるから、泣かないの。それに彼はやったね、と掠れた声で喜んでからまた泣き出した。
どう考えたって、私と彼の歳の差は埋まらない。だけど、それでも私達は出会った。恋に落ちた、それだけで世界は回っていくんだ。

























(給料3ヶ月分ってやつっすよ!)
(本当にやる人いたんだね)
(泣かせる自信ありましたから)
(…策略通りか)



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