中編

□そのに、離れるな
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非日常、というのは意識してしまえばそこら中に存在する。誰と、何を、そんなことは全て後付けできるもの。そこにあるものは、まずなんなのか、簡単に言えば自分にはないものとでも言えばいいのだろうか。ただしそう感じることができるのは自分を熟知している人間だけ、普通ならば自分を知るということは生きていくうちに知るもの、たった数十年の若者が知ったかぶりをしたところで何も事実を変えることはできない。自分の首をしめず、かつ自分の生活に疑問を感じた時、もしかしたら片足ぐらい非日常に突っ込んでいるのかもしれない。この見解は俺の推測だ、たった数十年の若者の考えること。だからこそ、この状況もきっと非日常とは言い難いものであるはずなんだ。疑問は沸々浮かんでは消える、その繰り返しはどう判断すべきなのか。
さて、と俺は一度全体を見た。大切なのは今、この場の状況把握だ。場所は自分の家、リビング、向かい合うのは先ほどまで共に走っていた女。暑い中走って最悪なほど汗をかいたが着替えたし、クーラーのおかげで今は心地よいほどだ。客人なわけではないが、とりあえず何か飲むかと麦茶を出したところ。本題はここからだ。


「…確認、していいか?」
「は、はい」
「お前の名前は?」
「…みょうじなまえ、です」


俺はその名前を聞き瞬時にテレビを点けた。ぱっと映ったのは先ほどと同じニュース。いまだ見つかってないということと、社長が泣いて心配してるという進展のないニュース内容。それを一通り視てからまた女に目を移した。あれか?と聞けばそう、です。なんて小さい声だ。テレビで映っているこいつは満面の笑顔と大声を出して観客にサービスを送っているというのに。それに比べて今目の前にいるこいつは全く人の目を見ない、それどころか今にも泣き出しそうだ。信じたくない事実の確認を終えやはりというのか、自分の根っからの精神が嫌になる。だから伝統のは組なんていわれるんだよ。はああ、と深く長いため息をつくとすすすみませ…と涙ぐんだ。うわ、そしてめんどくせえ。


「何に対して謝ってんのか知らないけど、俺のため息なら気にするな…」


自分に嫌気が差してるだけだからとぼそり呟くが目の前の奴には聞こえていないだろう。案の定首を傾げてはてなを浮かべてる辺り聞こえてなかったんだろう。この話は別にこれ以上続けても意味がない、俺はさっそく本題に移った。


「率直に聞くが、何でお前は逃げてる?」


その質問にまたも視線を下げた、別に目が合っていたわけではないが、あからさまな態度にイラッとする、 そんなに俺の目つきは悪いのかとさらに目力を発揮すると女は目が合いそうになるとそらした。こいつ…本当に芸能人かよ。この態度からわかることは逃げてる理由は答えたくない、ということだろう。それなら何について話してくれるというんだろう。



「この場合、」
「は、はい」
「俺はお前を助けた、となるのか?」
「なり、ます…」


ありがとうござい、ますと小さく頭を下げる、が俺の求めてるものは違う。助けたからお礼を言うのは当たり前、普通すぎる。俺はそれ以上のことをしたんだからな。


「等価交換」


俺の言葉に女は、みょうじは首を傾げた。何を言ってるのかという顔だが俺には関係ない。あんなくそ暑い中走るなんてあり得ないことをした俺に対してまさか。


「今日の出来事、さっきのお礼だけで終わりなわけ?」


さああ、と血の気が引いていくみょうじを見て俺はさぞ笑った。さてと、新しいおもちゃが手に入ったようだ。




ーーーーーー



繰り返していく中で覚えていくことがある。それは生きていく上で大切なことであり、学ぶべきことなんだろう。


「母さん、こいつしばらく家に置いていい?」
「え?いいわよ」


そんな会話もありなんだろう、と俺は思う。そう話したのは昨日の夜のこと。姉貴は仕事で当分は帰ってこないから反論をくうこともないだろうし、父さんも海外で仕事。寂しいとぼやいていた母さんにこいつはもってこいだった。


「でも不思議よねえ」


にこにこと笑顔を浮かべてくる母さんに何がだよ、と返す。この笑顔はろくでもない。笹山家の女は見た目は違えどこの笑顔は遺伝らしい、実際この顔をよくしてくる姉貴は俺を顎で使いやがる。ひく、と引きつる頬は素直だ。


「今まで全く女の子と縁がなかった兵ちゃんがまさかアイドルと知り合いだったなんて」
「別になかったわけじゃねえし。つーか。こいつも知り合いに入んねえよ」


ちなみに今みょうじは風呂に入ってる。リビングでテレビに向い合わせのソファに深く座る俺の隣に座る母さんはあらあらなんて大して驚いてもいないような声を出す。うわ、悪寒がする。


「…なんだよ」
「なんでもないわあ」


そう言う母さんの笑顔は忘れない。そのあと、これからが楽しみだわあなんて周りに花を飛ばすあたりよからぬことを考えているのは明白なんだろう。本当に、自分の母親ながら怖いと感じる。


「あ、あがりましたー…」
「みょうじ、肩揉め」


風呂上がりのみょうじにそう言えばええー…という声をあげた。仕方ない、と携帯を取り出すとあわあわと慌て出してこらはいいい!と俺の後ろに来た。全く、最初から素直に従っておけばいいんだ。


「へ、兵太夫さん、先程お母様と話してましたか?」
「してたけど…聞こえてたの?」
「いえ、ただ、お母様があまりにも笑顔だったもので…」


気になった、というが…本当にろくなことしてくれねえな。こんなこと面と向かってなんて言えやしないから胸の中でだけぼやく。ちっ、と舌打ちをすると後ろでどうかしましたか?と簡単に顔をのぞきこんでくる。うわ、シャンプーの匂い。同じものを使っているんだ、そりゃあかぎなれたものだが、こいつが使うとまた違うものに感じる。しかし、ぽたりと自分の頬に何かが垂れてきた。その反射で右目を閉じた。それから頬に落ちてきたのが水だとわかり、おい、と名前を呼んだ。


「髪」
「へ、?」


ソファの背もたれに背中をつけ上を見上げみょうじの髪の先に手を伸ばした。ぽたりと垂れるのは風呂上がりだからだろう。肩にタオルは置いているが長い髪はシャツまで濡らしてしまっている。しかし、みょうじはわかってないのか首を傾げている。こいつは意外と抜けているというのか、テレビとキャラが違うように見える。


「だから、髪。濡れてんぞ」
「あとで渇かそうかなあと」
「フローリングに垂れんだろ、今渇かせ」
「肩を揉めと仰ったのは誰ですよ…」


なんだ、口答えかとにやり笑えばそ、そんなんじゃないですよ!と慌てる素振りを見せて肩のタオルを頭に乗せてわしゃわしゃと水分を吸い込ませ始めた。まあ、その様子を見て思うことはこいつ本当に女かよ、だ。普通の女ってドライヤーとかで渇かすんじゃねえよかよ。姉貴の姿を見てきた身としては特殊なことだ。


「ドライヤー、使わねえの?」
「基本、自然乾燥ですもん」
「芸能人とは思えねえ発言だな」
「起きて整えればいいんですよ」


本当に芸能人か。確かにテレビに映る自分に気を使っていれば自分の名前が傷つくことはないだろう。そんなもんか、と呟くとみょうじは目を丸くしていた。なんだ、俺変なこと言ったか。別に普通だったと思うんだが…おい、とまた名前を呼ぶと今度はボーッとしている。この距離で聞こえてねえとは相当な聴力だぞ。


「…あ、すみません」
「ついに立ちながら寝るようになったか」
「違いますよ!ただ、その…」


ようやく反応を見せたかと思えばもじもじと話しをするのかしないのかわからない態度。何を恥ずかしがってんだお前は。ならその透けてる下着をどうにかしろよ。気にする部分が違うだろうが、そんな悪態はどうせこいつには伝わらない。いまだに話そうか話さないかで悩んで手を止めているものだからいらっとして話せ、と命令すればはい!と条件反射の返事と少しばかりでかい声がリビングに響いた。


「兵太夫さんの考え、好きだと思ったんです!はい!」
「………は、?」


一瞬俺の反応が遅れたのは言うまでもない。見上げるこいつはだから、その…と顔をぽつぽつ赤くして照れ始める。やめろ、意識してない俺の方が結構くるだろ。みょうじから目を移し前を見る。一旦落ち着け、きっとこいつは非日常に足を突っ込みすぎてわからなくなってるんだ。そうだ、芸能人っつーのは世界が違う、つまりは思考も違うんだろう。右手で自身の口元を押さえなんとか正気を保つ。


「あ、の、兵太夫さん…?」


何も話さなくなった俺が気がかりになったのかこいつはあろうことか後ろから顔をのぞきこんできた。うわ、と思い次に移った自分の行動は手にしていたタオルをばしんっと叩きつけること。そう、みょうじの顔面に。


「いっ、たあああ!!?」
「ばーか!みょうじのくせに!」
「え、ちょ、兵太夫さん!?」
「もういい!俺は寝る!」


がばっと立ち上がりどすどす足音荒くリビングを出る。今日はいつも以上に疲れた。それから、意外と家にフィットしてるあいつになんとくよかったなんて思ってる自分が気持ち悪い。


「…あ、お母様」
「兵ちゃん、寝ちゃったのねえ…どうなまえちゃん」
「何が、でしょう」
「お家に慣れてくれたかしら?」
「…私には、もったいないくらいですよ」



ーーーーーー



どう考えてみても、俺は被害者にあてはまる。それは加害者であるみょうじが悪いわけではない。何が悪かったかとすればあの笑顔を浮かべた母さんだ。休みだから、という理由と女の子はたくさん物が欲しいのよ、とそんなこと姉貴に言ったことないだろう。だが、俺に逆らうという選択肢は元から存在しておらず。行ってらっしゃいと送り出されたのが今から三十分前のこと。
今俺とみょうじは駅前のデパートにいる。隣にいるこいつはおどおどしていた昨日とは違い変装用赤縁眼鏡の下で目を輝かせている。帽子とか被らないのかと聞いたが今時そんなことやる芸能人はいないとのこと。悪かったな、そんな常識は俺にはねえよ。


「必要なものは?」
「えと、服と…洗顔と…」


かさかさと鞄に入れていたリストを取りだし読み出す。それなら重いものは後にして最初に服の当たりでもつけて歩くか。好きなブランドは?と聞くも特にないという、やっぱり芸能人らしくない。


「着れれば、同じ服ですから」
「……ほんとお前、変だな」
「ひどいですよ」
「冗談だ」


俺の言葉にへ、と一瞬目を丸くしたが次にははい、と目を細めて笑った。その表情に何かオーラのようなものを感じつつ行くぞ、と歩き出す。隣で少し急いだように歩くものだから柄にもなく歩幅を小さくした。それに気づいたのかみょうじは何回か上と下、俺の顔と足を見てからへにゃりと笑った。
それにしても、このデパートは人が多い。こんなにこの街に人がいたのかなんて思っていたが掲げられているポスターには本日ポイント5倍!などと余計な言葉が印刷されていた。だからこんなに人がいるのかと内心舌打ちをしながら隣にいるこいつに目を向ける。


「…お前さ、もう少し感性ってのはないわけ?」
「ひ、ひどいです!私にだってそれくらい…」
「じゃあ、言ってやる。その緑のシャツはない、絶対に」


腐っても芸能人だと思っていた俺が馬鹿だった。とりあえず雰囲気良さげな店に入ってみたものの、みょうじの服のセンスは最悪だ。さっきからこれがいい、あれがいいと持ってくるもののこれがひどいったらない。


「なんで緑のシャツに緑のワンピース持ってくんだよ。お前はなんだ、草にでもなりてえのか」
「そ、そんなわけないじゃないですか!兵太夫さんが好きなの持ってこいって言ったからであって」
「誰が適当に持ってこいなんて言った?ああ?」
「へ、兵太夫さん、ヤクザみたいですよ」


これが地だよと返してから軽く店の中を見渡す。確かこの店は店員が自分で店の服を使って制服にしてるって馬鹿から聞いたことがある。ちょっと待ってろ、とみょうじから離れ一人の店員に声をかける。


「すみません」
「はい?」
「連れの服、見繕ってもらえませんか?五着くらいでいいんで」


あと買いますんで、と軽く微笑めば簡単に頬を赤らめてはい!と店員は承諾。これくらいなら楽勝だ。こいつです、とみょうじを差し出すと彼女と勘違いしたのか少しテンション下がってた。それについ笑いそうになり口元を隠しているとあ、あの、とみょうじがちょいちょい服を引っ張った。


「…兵太夫さんの、好きな、タイプって…」
「は?」
「なんでもないです!すみませんでした!」


ふざけたことを聞いてこようとしたのが一瞬でわかって睨めば瞬時に謝りみょうじは試着室に飛んでいった。ったく、んなことに頭使うなら他のことに使えよ。
店員はテンションが下がったのかみょうじに全く気づくことなく一緒に服を選びに行っていた。それならそれで助かるのだが、あいつがバレないという可能性は低い。俺は周りを見渡した…って、何をしてるんだ俺は。無自覚かわからない自身の行動に驚きが隠せない。別にあいつが見つかろうが関係ないだろ、そしたらこんなところに来ることもなかったんだから。そうだ、俺にあるのはデメリットのみ。よく考えよ、俺。
自分に言い聞かせるように額に手の甲を当てていると彼氏さーんと先ほどの店員に呼ばれた。ああ、終わったのかと試着室の方に向かう。こよ店の周りはガラス張りになっていてウィンドウショッピングができるようになっている。だから、中からも見えるんだ、外の様子が。


「っ!」
「あ、兵太夫さ…」


自分の体とは思えなかった。足は自然とそっちに向かっていて、俺はあいつがへらりと笑っているのも見ていたのに、カーテンの端を掴み、みょうじを試着室に押し込んで閉めた。ええっ!?と驚いてる声が聞こえるが黙れとそのまま抱きしめた。


「な、なん、へだゆ、さ」
「いいから、離れんな」


何故だかわかるわけがない。こいつがいなくなるかもしれない、そこまで執着してるわけないのに。外にいたのはテレビに映っていたこいつのマネージャーだった。


















(あれ、すっごい驚きました)
(なんだ、期待したか?)
(なっ…!)


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