中編

□時を越えて、未来へ
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桜咲く。新たな年を迎えてもう何度目か。いや、生まれてきてからは十六回目になる。
じっと見上げる先には風に揺れて花びらが振り落ちる、大きな大きな桜の木。


「あ!またこんな所にいた!」


どこからか聞こえる声。振り返りながら謝れば全く、と呆れながら笑ってくれる昔からの親友。変わらない、変わったのは時の流れと共に人が利便性を求めた結果ばかり。


「今日から高校生だよ?ちゃんと自覚あるの?」
「わーってるよ!みんなは?」
「先に体育館行ってるよ」


今日は高校の入学式。生まれは前世と違い一般家庭で、不自由はなく過ごしてきた。これが普通の幸せなのか、と日々噛みしめている。


「……十六、だったよな」


つい呟いてしまう。その数字は時が止まったままの自分を表している。前世、その記憶は鮮明だ。どうして後世まで継がれているのかわからない。だけど、自分も忘れてはいけないと思っている。
いや、忘れることなんてできない。


「俺、生きてていいのかな…」
「当たり前でしょ。とゆうか、それが一番失礼だよ」


命張ったあの子に対して。
ああ、確かにそうだ。あいつは自分を犠牲にして俺を守った。敵であった、俺を。
記憶は塗り替えられる、なんてよく言ったものだが俺は新しい体になっても忘れることはできない。思い出も、あいつの笑顔も涙も全部持ってきてしまった。新しい思い出なんて手から零れるほどできた、それなのにその記憶だけは消えない。論理的に考えること事態難しいことなのはわかっている。自分の持つ記憶が本物かどうか周りは判断することができない、ならば自分で抱えていくしかない。自我を持った幼稚園、前世でも親友だった二人に会って泣くほど嬉しかったのを今でも覚えている。
だけどな、わかんねえんだ。
季節は巡った、何度も何度も。それなのにあいつは俺達の目の前に現れない。気配すら感じない。他の仲間達はもう揃ってんだ、あとはお前だけなんだよ。考えてもわかるわけがない。どうしていないのか、またあんなことを繰り返すのか。

遠い遠い記憶の中、俺は小さい体を抱きしめた。それは息が不規則で脇腹から多量の赤い液体をどくどくと垂れ流していた。止まらない、それはそうだ、俺が仕留めるように動脈を狙ったんだから。
俺は生きなくちゃいけなかった。昔から人一倍の生への執着。それは誰にも負けなかったし、それが生きていく上で一番大切なことなんだと身をもって知ったからだ。
誰も悪いなんて言わなかった、だってそれが当たり前であったから。
だが、どうだ?目の前のこいつは俺を目の前に生を手放した。対峙した時にわかっていたのかもしれない、自分は戦わないと。俺はただ、くないを握りしめていただけ。
塊を引き裂く感触、視界いっぱいに広がる赤い液体、こびりついて離れない。こんなに赤かったのかと何度も自問自答を繰り返す。
ふざけんな、何してんだよ、自殺行為だろ!!いろいろと言いたいことはあった、同じ学び舎を卒業したんだ、わかっていたはずだ、武器を捨てることがどんな行為に繋がっているのかを。抱き上げたあいつは息も絶え絶えでどくどくと溢れてくる
何のせいかなんてわかりきったこと。
俺は自分を責めた、どうしてくないを捨てなかったのか。目の前に立っていたのはあいつだとわかっていたはずなのに、俺は忍務を優先した。
馬鹿だろ、俺が今こうしていられるのは全部あの学び舎のおかげで、そこで出会った奴らはみんな俺のかけがえない仲間達だったのに。俺がいる今を作った、仲間達だ。


「ふ、ざけんなよ…っ!!」


それでも俺はあいつを責めた。仲間だった、それなら本気で忍務を全うするのがあの学び舎を出た俺達が背負うべき覚悟。
全員、それを胸に刻んだ。袂をわかった仲間達、どこで出会おうと本気で。


「…………きり、ま」


ゆっくり、ゆっくりと伸びてくる手。血を浴びていないその手はすごく綺麗で、俺の顔を触ると温もりを失い始めていた。何度も名前を呼んだ、頼むから、死なないでくれっ、俺は、もう、何度も叫んだんだ。だけどここは戦場、こんなちっぽけな声が届くわけがない。


「きり、まる………」


また一度、俺の名前を呼んだ。俺はもうどうすることもできないのか、また失うのか。嫌だ、嫌だ。俺はどうしていつもそうなんだ。いつも決まってた、俺が出会った奴らみんなが不幸になっていく。死ぬしかない運命、死神みてえなもんだ。
それなら、これは俺が招いた結果なのか。俺がこいつと出会ったから、俺達は出会わなければよかったというのか。あの幸せな平凡すら俺には掴めないということなのか。考えれば考えるほどわからないことばかり。どうして、俺はいつもこうなんだ。守りたいって思えたのに、守ってやりたいって、心から思えた仲間だというのに。出会わなければ、こいつはこうならなかったのか。俺は、自分で幸せを壊し続けていたということなのか。
ごめん、ごめんなっ…!口から次々と漏れていく謝罪。何に対してなのか、自分でもわかっていない。それなのにあいつは、青ざめた表情で唇を動かした。


「…………ありが、と…」


それは俺を責めるわけでもなく、ただ感謝を述べて俺の頬に触れていた手がするりと地面に落ちた。
なぜ、今ありがとうと言えるのか。なぜ、笑っていられるんだ。俺は驚きと感嘆で言葉を失った。どうして、どうして、俺のせいでお前は、短い生涯を終えてしまったというのに。


「なあ…なまえ……っ」


体を揺すっても閉じられた瞳が開くことはなく、ただ赤い液体が周りに溜まり、水溜まりを作っていた。なんで、なんでお前はそんなに強いんだ。俺は自分を守ることで精一杯だったっていうのに。
遠くから鉄砲の音がする。金属音のこすれる音、男共の遠吠え、ああ、なんで俺は戦場なんかにいるんだよ。
守りたいものなんて、とっくになくなったっていうのによ。


「い、やだ……なまえ、なまえ………っ!!」


情けない、女一人守ることが出来ないなんて。男なら守って当然だろうが。それなのに、俺は、守られた。自分より力の弱い、強い女に。初めて会った時はそんなこと全然思わなかったのに、今はとっくに俺なんかを越えていて忍として、人間として成長していた。


「あ、ああ……っ」


震える手で頬に触れる。柔らかい、そしてまだ感じる小さな温もり。つい数分前まで、生きていたという証だ。だがそれももうすぐ消えてしまう、この温もりも全部、全部。止めろ、いくな、いくなっ。
力の限り抱きしめた。周りの音なんて聞こえない、ただ目の前にいるあいつをつなぎ止めたくて、情けないほどぼろぼろに泣いた。



「ああっ、うう……、ああああああ!!」



頭に流れる思い出の中、あいつは綺麗に笑っていた。俺が、あいつの笑顔を壊したんだ、消したんだ。もう返ってこない返事、もう声をかけてもあいつはいない。笑いかけて、くれない。


それからは記憶が曖昧だ。どこで聞いたのかみんながやってきて、俺達を、俺を見て目を見開いてから悔しそうに顔を歪めた。悪い、本当に、謝る俺にみんなは言った。きり丸は悪くないと、それがこの世界だ。俺達の生きていた時代は残酷だった、人の死を全てそのせいだと言えるほど。だけど俺のは違うんだ、俺は自分の手でその命を消した。この世界のせいじゃない、自分のせいで。


「きり丸ー、らんたろー」


体育館の前で待っている仲間達。みんな同じ、違うのは髪と服装だけ。俺はまだ自分の罪を償えていない、いつ償えるかすらわからない。


「なまえは私達に出会えて、最後を、きり丸と共に過ごせて嬉しかったんだよ」


本人が言ったわけじゃない。だけど俺には少し救いであって、前向きに捉えようと日々を過ごしているつもりだ。
だけど、もし、もしもまた、あいつに会えたら。


「う、ちょ……うっわ!?」


桜の木の下を通った時だ。何か声が聞こえると立ち止まり、上を見上げた。木を見ると思い出す、初めて会った、あの時を。


「どうかしたの?」
「いや、なんか声が……」
「うっわあああ!!?」


一瞬の出来事だ。駆け寄ってきた乱太郎の上に、誰かが落ちてきた。俺達の異変に気づいた仲間達もみんな駆け寄ってきていて、俺はその場で目を見開いた。乱太郎を下敷きにしてそこに座るのは女。制服は大川、胸ポケットには新入生に渡されるピンクの薔薇のコサージュ。
状況を理解したそいつは自分の下を見てわああ!と驚き地面に正座した。


「すみませんすみません、ごめ、すみま」


この噛み方、そして土下座。これは、あの時と同じ。乱太郎が起き上がってだいじょ、うぶだよ、と声をかけるとそいつはゆっくり顔を上げて、俺達を見た。


「………あれ?」


ぽかんとしたその表情、十六なのに幼い顔立ちに発達途中の小さい体。
なんで、なんで、なんで……


「も、しかして」


駆け寄ってきた仲間達の内、誰かがそう呟いた瞬間。俺はそいつに抱きついた。うわ、など驚いている声が聞こえたが関係ない。優しい匂い、この感触は間違いなくあいつで。目頭が熱くなった。


「…随分と、泣き虫になったんですね」
「…うっせ、ばーか…」


鼻をすすった音が聞こえたのは気のせいじゃないだろう。背中に回る腕にさらに俺も力を強めた。ずっと、ずっと会いたかった、会ってたくさん話したいことがあったんだ。
だけど、本人を目の前にしたら全部吹っ飛んだし言うべきことは一つ。


「…俺と、友達になってください」


また、ここから始めてみせる。塗り替える思い出じゃない、俺達の足していく思い出を今度こそお前と一緒に刻んでみせる。






































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