ヤンキー恋に落ちる

□一般人ですが
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おかしいことが積み重なると、違和感を覚える。
違和感をモヤモヤと感じていけば、それはもうおかしいんだ。
いや、言い出しっぺ私なんだけどね。



山村君に手を引かれて走る長い廊下。音もなく走る彼について行くけど正直つらい。


「待て!」
「はにゃ〜しつこいなあ」
「は、はあっ、山村、く…」



どうするの?という問いの前にある程度の距離を置き角を曲がった。
う、と思うと扉を背に山村君が私を覆い隠す。

前にもあったこの距離。見上げると山村君は笑っていた。



「僕が警備員を引きつける。その間に七海ちゃんはしんべヱの部屋に向かって」
「え、でもっ」
「しんべヱの部屋は戻ってさっきの道をまっすぐ行った一番奥だよ」
「やま、むらくっ」

「後は、よろしく」



とんっと体を押されると扉がそのまま開いて私は部屋の中に尻餅をついた。

きぃ、扉が閉まる。そう思って見上げたが山村君はひらひらと手を振って扉を閉めた。

走っていく音、さっかまで足音なかったのに。すると後ろからも追いかける複数の足音が聞こえて部屋の前を通り過ぎて行った。

もしかして、足音を消して走ってたのは逃げているのが1人だと思わせるためとか…?
私の足音しか聞いてなかったあの人達が山村君以外を探そうとしないのも頷ける。

しん…と、何も音がしなくなった。

どくん、どくん

1人だと無意識に感じてしまう孤独に冷や汗が流れる。さっきまで、繋いでいた先には山村君がいたのだが、今は、いない。

後は、よろしく


彼の言葉に応えなくては。
胸のあたりをぎゅっと握りしめ扉をゆっくり開けた。





――――――





昔から言われてきた言葉。


可愛い息子さん

優秀な跡取り息子

福富さんの子供


そうだよ、そうだよ。
僕は福富カンパニーの息子だ。
それも長男、跡取り息子だ。


でも、でもさ………


それって、なんの名前?


決められたルートの上で、ある時、横道ができた。



「外の世界を見なよ。そんなちっぽけな悩みなんてすっ飛ぶよ」



僕は外の世界を選んだ。

もちろん、夢のために………

僕の将来は小さい頃から決まっていた。




コンコン、叩かれた扉。

はいと返事をすると控え目に開かれた扉の前に立つのはみんなが認めた相手。



「ふ、くとみくん?」
「七海さん、だ……」


ほっとしたように僕を見て笑った。
肩に入っていた力が抜けたように。



「やっと、会えたー…」
「た、大丈夫?」



扉に近づき中に入れた。
さっきから騒いでいると思ったらもう始まっていたのか。

窓の外を見ながら七海さんを支えているとくいっと服を引っ張られた。

どうしたの、と返せば福富君は、と小さく呟いた。



「福富君も、いなくならないよね?」



福富君も、とはどうゆうことなのか。
その接続詞は初めての人の言葉じゃない。

以前に、経験したことを表しているんじゃないのか。

頭が悪い僕でもわかる。



「七海さん?」
「ダメだよ…、福富君には、たくさんの仲間が待ってるんだから!」



こんな必死な七海さんは見たことがなかった。一人はダメだ、とみんなはいるんだと訴える。



「七海さん!七海さん!」
「福富、しんべヱは一人しかいないんだ!!」



叫ぶような声。

僕は目を見開いた。











「そこまでだ」




バンッと開けられた部屋の扉。そこにいたのは品評会に出ていたお父さん。それに警備員の人達。



「はにゃ〜、捕まっちゃった〜」



両手を上げていた喜三太。ゆっくり振り返って七海さんは前を見る。




「君が、七海夏歩さんかい?悪いが、しんべヱを連れて行くのは諦めてもらいたい」
「嫌です。福富君は、私達に必要なんです」



即座に入る否定の言葉。それにばっと両手を広げて、僕の前に立った。
見ていてわかる、震えているんだ。
小さな背中はさらに小さくて、それでも前を退けようとしない。




「あなたは福富の名前をご存知ですか?」
「存じてます。世界に通用する大規模の会社だと」
「この名前を利用しようとする輩は世の中にたくさんいるんです。あなたがその一人じゃないとは言えない。そんな人が跡取り息子の近くにいるのをよく思わないのは当たり前じゃないですか」



ぐっ、と口を閉ざす七海さん。それもそうだ、これは会社という名前を使った圧力。
家のことに口出しするなという遠回しながら直接的な言い方。




「しんべヱには跡取り息子という肩書きがある。それをちゃんとあなたは理解していますか?」



肩書き

それは生まれた時につけられた僕のもう一つの名前。

望んだわけじゃない、本当の名前ももらったのだから、もう名前なんていらない。


ぐっと握った拳。

目の前の背中が、小さく震え、息を吸い込んだのか肩が上がった。





「ひ、人はっ、その存在にこそ、価値があると、私は信じたい!!」




震えは体だけじゃない。呂律が回らない、それなのに彼女は懸命にお父さんに訴える。




「人間としての、価値は、知性でも、財産でも、生まれでもない。確かに、能力や、家柄も関係するかもしれないけれど、それが左右するとは思わない」



いつかどこかで聞いたことがある。
どこでか、それはあの砦で会ったあの人が言った言葉だ。




「価値を上げようとする必要はないんだ。人の価値は、その存在にあるんだから。この世に生まれてきた一人一人に別々の意味がある。特別なことをしなくても、価値は変わらない……福富しんべヱという人間は、その存在に価値があるんです」




ゆっくり息を吐き、息を吸う。その動作はほんの数秒だったのに、僕の目に焼き付いている。

お父さんは表情を変えない。
だけど、次の言葉に少しばかり反応が見えた。





「跡取り息子という肩書きのしんべヱ君を、あなたはちゃんと一人の人間として、自分の息子の福富しんべヱとして見ているんですか?」




震えが止まった。
お父さんの反応は目を見開く程度。だが、すぐに俯いた。



「………七海さん」
「だ、大丈夫っ…福富君は、ちゃんと……だから、一緒に帰ろう…」



一緒に、それだけのためにこんなことを起こしたというのか。



「……ふふっ、あはははは!!」



俯いていたお父さんが笑った。それもお腹を抱えて、大爆笑。
久しぶりに見たなあ、なんて思ってる場合じゃない。
目が点になっている顔でえ?と小さく呟いた。



「七海さん、大丈夫?」
「……いや、もう…何がなんだか」



ぽんっと肩を叩きと広げていた両手が力なく重力で落ちる。
これくらい、でいいよね。

そう思って顔を上げると今回の黒幕が姿を現した。























「もう話していいんじゃないかな…庄左ヱ門」





警備員の人の間から姿を見せた。
その人を見て、七海さんはさらに目を丸くした。



「それじゃあ、ネタバレといこうか」




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