ヤンキー恋に落ちる

□大切に思うあなたに
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数十年の時が過ぎた。変わらず道場で稽古の日々、位は上がり父親の跡を継ぐためと厳しい中時間が過ぎていく。
時代は移ろいつつあり、剣を持つ者も珍しいと言われてきてしまった。だが一度決めた道を閉ざすつもりはない。


「よし、一度休憩だ!」


はいっ、と低い男共の声が道場に響く。門下生が三桁を超えた時期もあったが、今は少なくなった方だ。家に仕える女中達がタオルや飲み水を持ってくる足音が聞こえる。
道場は時代遅れだと言われていた。誰が習うんだと、誰が維持するために頑張るのだと。
だが男はこの道場を去るわけにはいかなかった。それも居場所を無くすわけにはいかなかったからだ。

あんたといれて、楽しかった。

そう呟いて儚げに笑う女を忘れたことはない。どうしてそんな顔をするのかわからない、楽しいという顔ではなかった。
だがその真意を聞きたくてもその女からの知らせは入ってこない。あれから、一度も帰ってきていないし、手紙さえくれていない。
だが必ず帰ってくる。そう信じていたんだ。

時たまやってくる見合い話もはねのけて、ただひたすらに女を想っていた。
また守るんだ、自分が。そんな思いばかりが募るある年の始め。知らせが入った。

女が家に帰ってきたと。

もちろん稽古なんか放り投げて走り出した。ずっと想っていた女が帰ってきた。それならば言うことは1つ。他にもたくさん話したいことがあるんだ。道場を任せられるようになったとか、見合い話がまた持ち上がって困っているとか。親父がさらなる頑固になってうるさいとか。とにかく、女に一番最初に話したいと思ったんだ。
どんなに綺麗な異性がいようとなびかなかった。いや、なびく要素がどこにも見あたらなかった。惚れる要素、なんてそんなもの決まっていた。

走り抜ける土の道は久しぶりだが体が覚えている。大きく構える門ではなく、裏の道。昔からの近道だ。

早く、会いたい。このときは思っていたんだ。男はまだ、まだ、子供であったから。

ざっ、と林を抜けると見えた家。そして女の姿。変わってない、むしろ大人っぽくなり胸が高鳴った。
やはり、自分の中にある気持ちは変わらないんだ。そう再確認できた。


「は、…はあっ…れ、い」
「……ろう?」


走りすぎた、息が続かない。だけど耳に届いたのは確かに女の声だった。
顔をあげて見れば、驚いたようにだけど嬉しそうに笑っていた。


「い、いつ、帰ってきたんだ?」
「一昨日。ろう、大きくなったね」


お前は…と言いかけたが口を閉ざした。危うく恥ずかしいことを言おうとしたのに顔が赤くなる。こちらが無意識に言いそうになるほど、女は綺麗になったんだ。見ただけでわかる。


「また、行くのか?」
「ううん。ずっとここにいるよ」


ずっと、その言葉をずっと昔から聞きたかった。れい、名前を呼べば女はなに?と優しく笑いかけてくれて、男は思った。
待っていた、またこうして出会えることを。そして言うんだ。


「あ、あのさ…俺…」


軽く首を傾げる女。ずっとここにいるんだ、もう邪魔するものはないじゃないか。なら、今告げることは間違いじゃない。
間違いじゃない、その言葉は自分の勝手な考えであり、根本的に間違っていたと気づくことができなかった。


「れーい、何してんだ」


耳に届いたのは男の声。しかも、目の前にいる女の名前を呼んでいる。あ、と後ろを見た瞬間の女の顔は今でも忘れられない。
それほど、衝撃的だったんだ。


「じゅん、こっち」
「ああ、いた。お義母さんが呼んでいたぞ」
「すぐ行くわ」


じゅん、と呼ばれる男。なんで、こんな奴がいるんだ。頭は一気に真っ白になった。なんで、なんでと疑問が駆け巡り目に映る光景が信じられなかった。


「こちらは?」
「あ!私の幼なじみ!ろう、紹介するね」


そう言った女に俺が言う、と優しそうな笑顔を浮かべる知らない男。誰だよ、お前は。だけど、次の言葉に全てが吹き飛ばされたんだ。
綺麗な着物、清潔そうな見た目。それから何より、れいの表情が初めて見るものだったんだ。


「れいの婚約者の七海淳之介です」


以後お見知り置きを。恭しく頭を下げる男。
その後、ちゃんと自分の名前を言ったのかも覚えていない。だけど婚約者とやらが男の名前を復唱したのが聞こえたから、ちゃんと言ったんだろう。


「皆本藤十郎さん、よろしくお願いします」


これが初めての悲壮感。初めて感じた、一生自分のものにならないと痛感した。



―――――――



しん、となる塞がれた空間。話を終えた、とは言わなかったが藤十郎さんは黙った。
そう、黙ってしまった。私の頭の中はぐるぐる回る。なんせ今の昔話には私にとって聞き慣れた名前がちょっと出てきたからだ。しかも、最近会ったばかりだ。


「…え、つまりは……」
「……お前、七海って言うんだろ?」


は、い、と頷けばやっぱりなと納得している。ああ、やはりそうなのか。自分でもわかっている、れいという藤十郎さんの幼なじみ、そして私と同じ名字の婚約者。
そうだ、その人達を知っている。


「だ、て……その人達は」


そこまで言いかけてぴくん、と藤十郎さんは何かに反応した。え、と思うも私の耳にも聞こえてきた。

どったどった、ばたばたばたっ


どこを走っているのかはわからないけど、わかる。



「……藤十郎、さん」
「ああ、少し下がってな」


おそらく藤十郎さんにはわかっているんだろう。彼ら、が走ってきているのが。

どんっ!ばんっ!どだだっ!


「藤十郎さんんんん!!」
「やかましい!!」


勢いよく開かれた障子戸、そこにいるのはみんなでボロボロだ。いうなれば加藤君と佐武君だけさらにボロボロだ。
一体何があったんだろうか、聞きたかったが彼らの緊迫感に押されてしまい口をつぐんだ。


「女を嫌う理由はわかりました!!」
「なっ……金吾!」
「すみません!話しました!!」


ばんっ、と土下座する皆本君。ちょ、と思いながらも山村君がだからね!と前に出てきた。可愛い顔に擦り傷、彼らは本当に必死だ。


「連れてきたんです!!」


元気よく言い放つがこちらとしては何が?と言いたい。藤十郎さんも何の話だ、と言わんばかりのしかめっ面。
だけど、みんなが道を開けて摂津君に手を引かれながら現れた相手を見て唖然とした。

言葉を失う、とはまさにこのことだ。


「な、なな……っ!」
「もう突然連れてこられてびっくりしちゃったわよ」


あらまあ、なんてほのぼのしてるけどそんな空気かもしだしてるのあなただけだからね。


「お、おばあちゃん!」
「あら、夏歩ちゃんじゃないの……それ、どうしたの?」


私の方まで歩いてきてそっと頬を触る。ぴりっとしたのは怪我してる部分に触れたからだろう。
少し顔を歪めたのがバレたのかおばあちゃんの笑みが、少しだけ深くなった。
あれ、今夏なのに肌寒いなあ。


「……ろう?これはどーゆうことかしら」
「ま、待てれい!これ、には訳が…」
「それなら彼らに聞いたわ。私とはちゃんと話し合ったはずでしょう?」


私の頬を離して藤十郎さんの元へ。ああ、やはり私の勘は外れではなかった。
七海さん、と名前を呼ばれてそちらを向くと二郭君が手招きしていた。
のそのそとそちらに向かうと膝立ちの私の肩を掴んでこう言った。


「大丈夫だった…?」


眉間にシワが寄っていて、頬は血が滲んでる。私の目を真っ直ぐ見ていて、見える傷以外に怪我をしていないかぺたぺた体を触って確認していく。
普通ならば男の子って躊躇するはず、私だって女の子なんだから。
でも、この手は大きくて優しくてやけに涙腺が緩む。真剣な表情だ、周りのみんなも私を見ているとわかる。


「怪我、はなさそうだね…」
「よかった七海ちゃああん!」
「うっ…」


真横からタックルまがいな抱きつきに顔を歪めると喜三太!と誰かが咎めた。
大丈夫、と言いながら体は結構ダメージを受けている。


「どこが大丈夫だ!顔見ろ!」
「そ、それならみんなの方がひどいよ!せっかくかっこいい顔が台無しじゃないか!」
「別にこれくらい…」
「喧嘩で慣れてるよな」
「おう!」
「慣れちゃダメでしょ!」


みんなと一緒にいなかったのはほんの数十分だった。本当に、少しだったんだけどそれがあまりにも長く感じた。
今、目に映る光景はあまりにもひどいもの。だけどいつもと変わらない。


「七海さん」


頭上から聞こえた声は優しいもの。振り向けば黒木君がいてぽんっ、と頭に手を置いた。くしゃくしゃと動いて、私と目線を合わせた彼は、血が滲む唇を動かした。
私は耳を疑ってしまった。だって、私は私がしたいことをしただけなんだから。なのに、彼はいつもの数倍、優しい表情で私を見ていてまた涙腺が緩みそうになったんだ。


「助けてくれて、ありがとう」


まさか彼から言われるとは思わなかった。だって、結局彼は私以上に傷ついたし、私を庇ってくれた。本来なら、私が言わなくてはいけないんだ。


「……私も、ありがとう…っ」


泣く、一歩手前の顔は不細工、と笑われるようなものだった。




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