晴れたす曇りたす嵐

□11日
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今週いっぱいの雨。あまり得意じゃない雨の中、私は会社まで走っていた。足元に水溜まりがあろうとも気にせず、もうそれは自分の中で最速だろうという速さ。
普段の運動不足も加算されもうバテバテ。肩にかける鞄をかけ直し、目の前に見えてきた会社に飛び込んだ。周りには同じように出勤してきた人達ばかりで顔を合わせて朝からお疲れ様でーすなんて笑い合う。


「あれ、先輩」
「おや不破君。おはよう」
「おはようって、びしょびしょじゃないですか!」


あははーと笑えば笑い事じゃありませんよと呆れられてしまった。天の気分なんてわからないから仕方ないよ。折り畳み傘が全く意味を成さない横殴りの雨により私の服はびっしょびしょに濡れてしまった。
あーあ、ロッカーに替え入れてたかなあ。鞄からタオルを取り出し髪の毛を拭く。
不破君が濡れてないのはマイカーでの出勤だからだろううらやましいものだ。


「おはよう藤堂、不破」
「あ、おはようございます高坂さん」
「おはようございます」


エレベーター前で2人待っていると後ろから高坂さんが現れた。今日は同じ時間らしい。私の姿を見て雨にやられたかと苦笑い。ええ、やられました。


「まったくやんなりますよね、この雨」
「でもな藤堂、雨でいいことってのもあるんだぞ」
「ありますかね、いいこと」


少なくとも私はなと高坂さんはどこか嬉しそう。とゆうか晴れ晴れしている。何でだろうと不破君と顔を見合わせて首を傾げる。
ちん、と軽快なエレベーターの音の後に扉が開けられ不破君が押さえてくれてるのに甘えてフロアに入った。
そして、高坂さんが言ういいことを目の前にすると私と不破君はなるほど、と笑い合った。


「おっはようございまー…え、あれなんだ」


一番窓側の席。つまりはこの部署で一番偉いお方が座る席なんだが、そこに座るものがちーんと意気消沈。え、あれ部長だよね?


「おはよう紗英」
「あ、うん、尊ちゃんおはよう」
「そんな格好してたら風邪引くぞ」
「あんたはおかんか。じゃなくって、あれなに?」


ああ?と私が指差す方を見ると尊ちゃんはわかったらしくあれか、と当たり前のように言う。


「この時期になるってことはあれしかないだろ」
「この時期……?…ああ!わかったわかった」
「え、先輩あれなにかわかったんですか?」


後ろにいた不破君。
そうか君は去年あまり経験しなかったか。あれはね、と不破君にこそりと耳打ち。


「あれの正体は部長なんだけど、雨だとテンション下がるらしくこのフロアからあんまり動かなくなるんだ」
「そうなんですか……ああ、だから高坂さんにとってのいいことなんですね」


そう、なんでいいことかと言えば部長がこのフロアから出ないということは神出鬼没のいつの間にか消える部長を探しに行く手間も省け、さらに仕事が溜まることがないという一石二鳥だ。
そりゃ高坂さんだけじゃなく山本さんも喜んじゃうわな。


「部長、次はこれです」
「…陣内…お前は私を殺す気か」
「今までさんっざん溜めていただきましたので。恨みつらみは全て過去のご自分に申し上げてください」


高坂さんよりもいい顔してるかもしれない。
あはは、と私達は空笑いを浮かべてから仕事に移った。私はまず着替えからだけども。


「紗英、着替え終わったらすぐに来てくれ」
「また何かあったの?」
「この前の外回りの結果みたいなものだ。午後から4社が面会に来る」
「マジでか。それまでにすることは…資料のまとめか」


そーゆうこと、と尊ちゃんは楽しそうに笑った。まあ仕事が好きな人にとって手にした結果ですから、嬉しいでしょう。私ももちろん嬉しいさ。


「何時に来るの?」
「14時予定だ」
「じゃあ今から5時間はある……え?」


いつもの時間感覚からいくと今の時間は9時ジャストだった。だけど腕時計を見るとなんともおかしく8時半を示していた。
あれ、私の感覚ずれてるのかな。そう思ってフロアに取り付けられてる壁掛け時計を見ると9時ジャスト。ほら、やっぱり私の体内時計合ってるじゃない。
合ってるなら何も、問題は………



「わあああ!ありまくりだよおおお!!」
「うるせえよ!さっさと着替え手来い!!」


尊ちゃんそれどころじゃない!と訴えたところで受理されるわけもなく。なんとも言えない悲しみに包まれてしまった。腕時計壊れるとか最悪すぎる。携帯をいちいちパカパカしなきゃいけないなんて面倒すぎる。
ロッカールームに入り、人知れずため息をついた。こればっかりは仕方ないことだろう。

雨に弱い腕時計を使っていたのが運の尽きというもの。また新しいのを買おうか…余計な出費に涙が流れそうだ。


「紗英ー?そろそろ行かないと諸泉が発狂しそうだよー」
「それはまずいね。すぐ行く」


壊れたものは仕方ない。気持ちを切り替えて新しいワイシャツに着替えた。



――――――



帰りも雨は降っていた。けれど朝ほどじゃなく折り畳み傘が最大に活用された。
不破君が朝の私を心配して送ってくれると誘ってくれたが丁重にお断りした。おそらく駅では彼らが待っている。家に連絡することはできるが、個人に連絡することはできない。11人を養うと決めた手前、やはり携帯とか欲しいのかなとか考えるがこれはみんなに聞いてみるしかない。


「おや、今日は笹山君だ」
「……バイト帰り」


むっとしたように眉間にシワを寄せて壁に立っていた笹山君。そんなあからさまな顔しなさんなって。
あれから、まあ笹山君は一番私を疑っているんだけど。2人っきりでいるというのは2回目で、まだ彼は私に積極的に話をかけてくることはない。
あんな人数がいるから別に気になるものじゃないから私は気にしないけど、たまに感じる視線にそちらを見てもやはり笹山君は目を合わせてくれない。


「でも断ることもできたよね?」
「じゃんけんは平等だから」


変なところで律儀なんだなとつい笑えばなんだよ、とますます眉間にシワを寄せてしまった。何でもないと笑えばあっそと彼は傘を広げて歩き出す。
その後ろを追うように私も折り畳み傘を取り出して広げた。私より頭一つ分くらい違う身長、彼に勝ててるのは年齢くらいだろう。


「………」
「………」


ぱしゃぱしゃと聞こえるのは足下の水を蹴る音と傘に弾く雨音。笹山君が積極的に話すことはないだろうと思っていた。口数が多いわけでもなく少ないわけでもなく。ただ加藤君とかいじる時はこれでもかってくらい生き生きした顔になるけどね。
こんな無言になるのは久しぶりだ。家でも会社でも誰かと話してばかりの私にとってある意味貴重な時間かもしれない。
何もすることがなく、ただ彼の背中を見つめた。あまり彼らは私に背中を見せたがらない。逆に言えば彼らは私の後ろにいることが多い。何かを警戒してなのか。まあ私にはそんな運動神経がないから何か、なんて不穏な芸等ができるわけがない。


「…あのさ」


突然止まった彼。どうしたの?何かあった?駆け寄って斜め前から彼を見上げるとそれと私の右腕を指差す。え、右腕がなに?よくわかっていない私はまたはてなをぽんぽん飛び出させて笹山君を見つめた。すると彼はだから、と右腕を掴んだ。


「朝は、腕時計つけてたじゃん」


ああ、それか。昨日の佐武君も思ったけど主語が抜けすぎだよ君達。朝雨に打たれて壊れちゃった、と言えば腕時計見せてと右腕を離した。どうしてか、それを問おうとすれば早くと苛ついたような声色に変わったため鞄を漁って腕時計を取り出した。
壊れた腕時計を受け取ると笹山君は傘を顔と肩で挟んで両手で腕時計をいじり始めた。手つきがベテランのようだ。
それから30秒くらいして満足したのかこれはダメだねと呟いた。


「雨に濡れて中の部品が錆びてる。今まで雑な扱いしてたって証拠だ」
「う、返す言葉もない…」


確かにいい扱いじゃなかったかもしれないが、大切に肌身離さず使ってきたつもりだ。時計の声は聞こえないから何を言ってるかわからない。だけど、使わない時計より使って壊れてしまった時計の方がよっぽどその存在意義を私達に示していると思う。


「君達の世界にもあったの?こーゆうの」
「いや、俺達に時計なんてものなかった。時間を知りたきゃ太陽を見て今何の時間かと確認してた」
「けど、扱い慣れてるよね」
「時計店にバイトしてるし。おっさんがうるさいからね」


どうやら時計店のおやっさんにしごかれてるようだ。うるさい、とか愚痴をこぼすわりに表情が穏やかなのは素直じゃない笹山君故だろう。


「今度の土曜日休み?」
「うん、仕事が順調に進めば」
「じゃあ時計店に行こう」
「ええ?何故?」
「腕時計がなきゃ不便だろうと思って……俺が選んでやるよ、ずぼらなお前にも合う時計」


ぽそりと聞こえるか聞こえないかの声で呟いた笹山君。もちろん私は聞こえていて、目の前の彼を見つめてしまった。まさか彼から歩みを進めてくれるとは思ってなかったからだ。目をぱちぱちしていると何か、言えよと徐々に顔が赤くなりだす。


「うん、その方が嬉しい。ありがとう笹山君」


心からの感謝。まだ選んでねえよなんて卑屈、私は聞こえないふり。疑いが全部晴れたわけじゃない。それでも、彼は、彼らは私に歩み寄ってくれているのを日々感じている。私も、と思うがその一歩はどうも大きく重いようだ。


「じゃあデートだね」
「なっ……馬鹿じゃないの」


いつの間にか、眉間のシワはなくなっていた。























(ただいまー)
(おかえり、兵ちゃんと会話になった?)
(庄ちゃんうるさい)





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