中編

□思春期迎えた三年生
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今日も今日とて座学の日々。学年があがるごとに忍たま相手に仕掛ける子供騙しの罠はなくなっていき、逆に組み手を忍たまと合同で行うことが多くなった。先輩の話からすれば三年生で最後、らしいのだが。それはつまり、忍たまとの合同授業は三年で終わりという意味なのか。私はまだ考えたことはない。


「いったー…思いっきり投げられました」
「強く打ちつけたね。ついでに擦り傷もひどいよ」
「乱太郎!そこ、いったいです…っ」


場所は医務室。先ほど例の忍たまとの合同組み手を終えた所で、私は真っ先に医務室送りになった。なんせ相手は忍たま、三年は組の人だったから。


「全く、団蔵も容赦ないんだから…」
「そこは私が頼んだので文句言えないんです」
「なまえはもう少し考えるべきだよ。女の子なんだから」
「むっ、まだまだ乱太郎に負けてませんよ」
「ふふっ、知ってるよ」


三年生、まだまだ男の子にだって負けません。実習も裏裏山まで進み、体が動くようになってきた。立派なくのいちになるために、日々成長しているはずだ。後ろで治療してくれている乱太郎の笑顔を想像しながら笑っているとがらり、医務室の扉が開いた。


「乱太郎、いるか?怪我したからみてほしいんだ、が……」
「ああ、金吾。ちょっと待っててなまえの治療がもうすぐ終わるから」
「どうも金吾。どこ怪我したんで」
「わ、悪い!!」


ばんっ、とこれまた大きな音を立てて金吾は医務室を出て行ってしまった。え?何事ですか?ぽかんとしていると乱太郎はあ、と何かに気づいたようだ。どうかした、と振り返るとなまえ、と私を指差した。


「え、私何かしました?」
「その格好だよ。今前掛けしかしてないから」


指摘されて自分の格好を見てみる。確かに背中を治療されているから制服は上だけ脱いでいてさらしも取られている。別に乱太郎だから隠す気も起きてないからいいんだけど。


「金吾には刺激が強すぎたみたいだね」
「そう、なんですか…」
「あんまり気にしちゃダメだよ?金吾は女の子に免疫がないんだから」
「ふふっ、金吾らしいです」


さあ包帯巻くよ、と言われそれに頷く。しかし、あんなあからさまに逃げられると悲しい。確かに今のは私が悪かっただろう。だけどあそこまで反応するものなのか、金吾は一年生の時からの友達だ。乱太郎達を通じて知り合った。大事な、友達に変わりはない。
男と女、そこにどれだけの壁があるのか。まだ十二の私にはわからなかった。


「じゃあ金吾呼んできますね」
「ああ、うん、よろしくー」


制服を着直して医務室を後にする。先ほど逃げてしまった金吾はおそらく傷薬をもらいに来たんだろう。怪我したって言っていたし。それなら早めに手当てしてもらった方がいいだろう。
さて、と廊下を歩きながらとりあえず向かうのは忍たま長屋。もしかしたら部屋に帰っているかもしれないし。
とたとた、と歩く廊下には私だけの足音が響く。それから自然の音、風が通り抜ける、葉が揺れて擦れる、ここに来てもう三年経ったというのか。しみじみ思うとたくさん学んだなと自分を褒める。


「あー、なまえちゃん!」
「こんにちは喜三太。委員会中ですか?」
「終わった帰りだよ」


庭から小走りでこちらにやってきた。ふんわりふんわり揺れる髪の毛にふにゃりふにゃり緩い笑顔に最初女の子かと思った。まあ今は黄緑色の制服を着ているし、私よりも身長高くなっているから男の子だと無理にでも思ってしまう。


「そういえば、怪我大丈夫?」
「うん。大丈夫ですよ」


さっき乱太郎に手当てしてもらいましたと言えばそれはよかった、とふにゃり笑った。安心したよ、と付け加えて。いつも喜三太は優しい、私を心配してくれている。一年生の時は友達だったからだろうけど、先ほどのことがあると今はどうなんだろうと少し考えてしまう。


「喜三太は、任暁君とだったのに、互角でしたね」
「いつまでもい組に負けてられないしね。思いっきりぶん投げたよ!」


ふんっと力こぶを作って見せるがまだまだそこにあるのは細い二の腕。つい笑ってしまったが喜三太は力を入れている。うん、確かに私よりは力がついているようだ。


「そういえば、金吾がどこにいるか知っていますか?」
「金吾?何かした?」
「いえ、何かされたわけではありません。金吾、怪我してるのにそのままどこかに行ってしまったんてすよ」


あれま、と口に手を押さえる。それ以上聞いてこないがぴーん、と何か思いついたのか私の手を取った。ん?と彼を見下ろすとにんまり、笑う彼。


「金吾ならきっとあそこにいる。一緒に行こう」
「え、喜三太は時間あるんですか?」
「大丈夫!それに、なまえちゃんと一緒にいたいからね」


庭先に降りて土の上に足をつける。また綺麗に笑うなあ、とつい見入ってしまった。
それじゃあお願いします、と彼に笑いかければ了解と答えてくれた。
綺麗、それは嘘じゃない。兵太夫の時も思ったんだ、幼い私達に不釣り合いな言葉だけど、私は率直にそう思った。彼らが泥だらけだろうと、傷だらけだろうと笑ってくれたら私はそう思うだろう。


「なまえちゃん、手小さくなった」
「そうですか?」
「うん、簡単に包んじゃうもの」


きゅ、と少しだけ力を入れて握られた。それに答えながら見上げると頭半分、喜三太の方が大きいとわかる。小さくなった、それはきっと勘違い。だって、私だって去年に比べたら大きくなったんだもの。だけど、その成長は彼らとは全く比にならないもの。一寸の私に比べ、その何十倍も彼らは成長を遂げている。わかっていた、わかっていたけどこうして隣にいてくれることに私はまだ安心感を抱いていたい。


「――!」
「あ、なまえちゃん、しー」


学園の裏まで来た時だ。ぴた、と人差し指が唇の前にやってきて息までも飲み込んで立ち止まった。何があったのか。はてなを浮かべて彼を見るとわかっているのかふふっ、と笑っている。それも楽しそうに。


「耳、澄ませて」
「………?」


つまり静かにしてみて、ということ。うん、と首を縦に振り目を閉じる。耳に意識を集中して、音を拾う。さっき自然の音を気にしていたからか一体何の音を聞けばいいのかわからない。
風の音、葉が擦れる音、誰かが廊下を走っている音……それから、ぴくんと耳が反応する。今挙げた中とはまた違う音、風を斬るような鋭利な音と空気が痺れる発声。耳が拾った瞬間、ぱっと目を開き喜三太の方を見た。ずっと私を見ていたのか、私と目が合うと聞こえたかな、と笑った。
うん、うん。聞こえたよ。これこそ、金吾がいるってことを表す音。そして、彼であるということ。
また私の手を引いて、彼がいる場所へと向かう。そういえばここに来るのは久しぶりだ、そして一年生の時、ここで彼と出会ったんだ。迷子になった私に手を差し伸べてくれた。


「やっほー金吾!」


がらり、と道場の扉を開けて堂々と押し入る。手を繋いだ状態のため私も流れで入ってしまったよ。喜三太の後ろから中を覗くと汗を手ぬぐいで拭いている金吾の姿。やはり、素振りをしていたようだ。


「喜三太?一体どうし……なまえっ!」
「はい逃げなーい!金吾の女の子苦手は治ったはずでしょーが」


やはり顔を合わせづらいらしい。私がいるとわかると逃げ出そうとした、普通に考えると私が恥ずかしがるはずだけどね。喜三太の言葉がきいたのか金吾はその場に立ち止まりこちらを向いた。うわ、顔真っ赤。


「金吾……私のこと嫌いになりました?」
「そ、そんなことはない!違う、俺が、その…意識、してる、だけであって…」
「私は、女の子ですが、金吾と友達でいたいです。金吾とは違う体つきになるますが、この想いは変わりません」


喜三太の後ろから出て金吾の元に。私の言葉にようやく顔を上げてくれた。まだ赤い頬だけど、鍛錬直後と考えてあげよう。
きゅっ、と手を掴む。ぴくんと反応を見せる金吾、やはり彼も私の手より大きくなっている。みんな、いつの間にか大きくなっていく。目に見えて、日に日に。


「金吾、私と、私達とまた遊んでください」


まだ笑っていたい、それは変わらない気持ちの一つ。男と女には絶対的なる差が出る。それの始まりが今、なんだろうと思う。私が変わらないと言おうと、結局は時間の流れがその差を広げていってしまう。それが、私には怖くて怖くて仕方ない。


「……俺は、なまえのこと、好きだよ。これからも、一緒にいたい…」


握った手を握り返してくれる。彼は私を見下ろして、それは恥ずかしそうにしていた。恥ずかしがり屋な剣豪は、将来どんな風に成長するんだろうか。まだ、そんな未来は見えてこない。


「僕も好きー!これからもずーっと一緒だよ!」
「うっわ!飛びついてくんな!!」
「びっくりしました…」


二人だけずるい!と抱きついてくる喜三太、不意に金吾を見れば彼も私を見ていて目が合って笑ってしまった。
昼間の心地よい気温、三人でじゃれ合うにはちょうどよかった。






























(あ、そういえば金吾、怪我はどうしました?素振りなんてして大丈夫なんですか?)
(……大丈夫)
(そうですか?怪我してるって医務室来たのに…)
(心配いらないよ。金吾は医務室に行く口実が欲しかったんだからねー)
(き、喜三太!)
(口実……?)

((怪我したなまえちゃんを心配していたんだよ!))






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