晴れたす曇りたす嵐

□5日
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カタカタカタ……
広いフロアにはたくさんの人が椅子に座って無機質な画面と向き合っている。私もその1人だけども。まだ5月だから窓を開けている風だけで過ごせるもの。エコを掲げる政府には悪いが、夏にはガンガンエアコンを使わせてもらう。


「藤堂、ちょっといいか」
「はい?」


一番上座に座る部長に呼ばれ、ぐるんと回る椅子から立ち上がる。


「何でしょうか」
「頼む、冷たい麦茶をくれ」
「…ええー、わざわざ呼んどいてそれですか」
「部長命令で」
「山本さん助けてー」


ヘルプミーと呼べば、部署内で笑い声。アットホームと呼ばれるものだ。


「部長、藤堂をいじめないでください」
「私の楽しみなんだが」
「部長!お茶汲みならこの諸泉!喜んで」
「お前はこのデータまとめといて」
「ぶちょ〜っ!!」


尊ちゃん毎度のことながらおもしろいよね。冷たい麦茶ですね、と引き受ければああ、と意地悪い笑顔を向けてくる。この人は私がやってくれるって知ってるからあんなことを言うんだ。からかわれてる、とでもいうのか。
給湯室から部署の人分用意していると、ひょっこり顔を出す後輩。どうかしたのかな。


「不破君?何かあった?」
「いえ。先輩のことだから全員の準備してると思いまして」


手伝いに来ました、と爽やかに笑いかけてくれた。気の利く後輩だ、と嬉しく思いありがとうと返した。


「外回り誰とですか?」
「尊ちゃんと。不破君は?」
「山本さんとです」
「いいなあ、私も山本さんとがいい」
「紗英!聞こえてるからな!私のどこが不満なんだ!」
「部長、麦茶をどうぞ」
「ありがと」
「人の話を聞け!」


もう尊ちゃんうるさいっての。山本さんにも麦茶を渡し、他の人にも。むすーっとしている尊ちゃんにもどうぞ、と渡すと少し膨れた顔でありがと…と小さくお礼を言った。


「嘘だから。尊ちゃんと嬉しいよ」
「い、今さらそんなこと言ったっておそ」
「じゃあ藤堂は部長の私と行くか」
「わあああ!部長!私が行きます!行きますから!!」


部長は冗談だよとケラケラ笑う。部長の趣味は部下イジメだと思う。隣に来ていた不破君と顔を見合わせて笑った。



――――――



五月の風が頬を撫でる。外回りに出たのはお昼を食べてすぐ。最初に決めていた会社に訪れることができ、たった今最後の会社を出たところだ。


「よし、今ので最後だな」
「おー。お疲れさーん」


ぱちぱちと適当な拍手を送り時計を見ると午後3時。いい時間帯なんじゃないのかな。


「あと報告書まとめるが、お前は2社頼めるか」
「もちろん。尊ちゃん3社も大丈夫?2番目のとこ、もっかい行かなきゃじゃなかった?」


なんだかいい顔はされていなかった。共同戦線を張るにはまだ時間が欲しいって感じ。尊ちゃんは大丈夫だろ、となぜか強気。部長いればなんとかなるだろうけどさ。


「私は一度会社に戻る。紗英はどうするんだ?」
「真っ直ぐ帰らせてもらいます!」
「最近家に帰るのが早いよな」


びくっ、とつい心臓が跳ねるが尊ちゃんにバレてはいないだろう。別に隠すつもりはないけれど、教えるものでもない気がして誰にも話せないでいるのが現状だ。


「そんなことないよ!じゃ、お先!」


だけど、受け入れがたい事実なのも確か。私は尊ちゃんに別れを告げ駅に向かった。ここからなら歩いた方が速いだろうと少し早歩き。


「……変な奴」


そんな呟き、耳に届きはしなかった。

駅についてから携帯を取り出すと留守電が入っていた。中身を聞くと夢前君の声で摂津君が早めに終わったから先にスーパーに行っているとのこと。やっぱり知ってんじゃんか。それを聞き終え電車に乗り込む。1つ先の駅だから5分もかからずに到着。

今日は人が多いなあと心の中でぼやきながら入り口に向かっていく。すると人混みの中から突然手が出てきて私の腕を掴んだ。


「え?」
「ちょっと、素通りしないでよ」

人がいなくなってから、腕の先を見てみると背を壁につけて立っている笹山君。どうしてここにいるのか、クエスチョンマークを浮かべて彼を見上げると彼は少し目線を外しながら口を開いた。


「三治郎が、迎えに行けってうるさかったから」
「わざわざ来てくれたんだ。ありがとう笹山君」


人に言われたからといってもわざわざ来てくれるなんて彼は人が良すぎるようだ。当たり前のようにお礼を言ったんだけど、笹山君ははあとため息をついて私を見下ろしてきた。


「…俺が言ったこと、覚えてる?」
「え?あ、ああ…あの簡単に殺せるどーのこーの」
「あんなこと言われたら、普通の人はお礼なんか言わないよ」


俺はそうだね、と笹山君は信じられないという顔をする。まあ、確かに殺す発言されてもなお一緒にいて、ありがとうなんていう場面ないよ。
けど、自分で決めたことだから。


「私は、少数派ってことかな」


私みたいの、そうはいないよと言ってみたらそりゃそうでしょと呆れたように笑った。


「あ、笑った」
「……買い物行くよ」


掴んでいた腕を放し、笹山君は前を歩く。以前より、ちょっとだけ笑顔が和らいでるように見えたのは私の勘違いじゃない気がする。
それを告げようとしたが、まだ溝は消えてはいないようだ。


「笹山君足速いよー」


小走りで、その後ろ姿を追いかけた。



――――――



スーパーの中は夕方手前の時間というのに主婦の方々がたくさんいた。隣の笹山君も人おお…と嫌そうに呟いた。
人混みは苦手だなあ。



「買うメモは三治郎が持っているよ」
「どこまで買ってくれたかな……とりあえず回ってみよっか」


左から回るのか原則ってことで。野菜コーナーから魚、肉類。大体そこらへんで試食のおばちゃんがいる。


「あら!紗英ちゃん!仕事終わったのかい?」
「はい。買い物して帰ろうと思いまして」


昔から顔馴染みのおばちゃん。最初はにっこりとした笑顔だったのだが、隣に目を移して行くに連れてにっこりがにんまりに変わり始めている。


「……で?」
「で、って何ですよ。目線的にこの人でしょうけど、なんっにもありませんからね!?」
「またまた…いいのよ、おばちゃんに隠し事なんて無意味なんだから」
「いやいや!人の話をまず聞いてもらえません!?」


笹山君を見てまたもにーっこり、にやにや。おばちゃん止めて!本当になんにもないんだから!


「もう20なのかい…赤ちゃんの時から見てたから、もうそんなになっちゃったのかい」
「おばちゃん……」


私の成長を見守ってくれていた1人であり地域のおばちゃん。確かに、私にとって両親と変わらないポジションだったと言えるだろう。ただし。


「……結婚式は、呼んでね!」


うちの子紗英ちゃん大好きだから泣いちゃうけど!と涙をポロリ。待って待って!話が飛んでるし通じてない!!


「おばちゃんまずは人の話を聞くところから始めよう?彼とはなんともないし…ってか、おばちゃんとこの生意気が私結婚したって泣くわけないし」
「まあ、紗英ちゃんは鈍感だったわねえ」
「……コイツ、鈍感なんですか?」


ついに口を挟んだ笹山君だけど、気になったのそこ!?そうよぉ、なんて笑顔で話すおばちゃん。嬉しそうですね。


「昔から男の子のアピールには全く気づかなくって、あ、そのうちの1人がうちの息子なんだけどね。自分の道を進んでるっていうんだか…頑固なのよねえ」
「ああ、そんなとこありますよね。男を意識してない」
「そうなのよ!ついに20になっちゃって、全然純情じゃないの!なのに、あなたみたいなカッコいい彼氏いるなんて思いもしなかったわ!」
「おばちゃーん!そろそろ理解してー!私の男関係の潔白さを!」


笹山君ものるな!と注意するもおもしろいもんと反省の余地なし。この子、わざとだよね。
はあ、とため息をついているとどふっと上から何かが乗った。な、何事と後ろを見ると長い黒髪が2人。


「やっとみっけた」
「何世間話してんだよ」


探していた摂津君と夢前君。手に持つ袋から買い物はもう済んでいるとみた。


「まあまあ…ちょ、紗英ちゃん!モテモテじゃない!こんなにカッコいいのはべらしちゃって!」
「言い方なんか嫌なんだけど!はべらしちゃってるとかじゃないですから!もう買い物済んでるなら帰るよ!またねおばちゃん!」
「えー、挨拶しとこうよー」
「近所なんだろー」


また会うから!今日はパス!とみんなの背中を押して入り口へ。おばちゃんがああなると止めるのは難しいんだって。
ガーッと開いた自動ドア。その時、お客さんと入れ違いに私達は外に出た。


「2人でランデブーは許さないよ?」
「そんなことしてねえから!」
「兵太夫、彼氏かよー」
「こんなカッコいい人そうはいないよねえ、あ、みんなそうだけどさ」
「……それ、あんま言わない方がいいぞ」
「え、なんで?」
「「何でも」」


そんな会話の中、扉は閉まる。中に入った高校生はブレザーを翻し、中へと進んでいく。



「お袋、家の鍵貸して。忘れた」
「あらおかえり。早かったわね今日は」
「今年受験だからな。つーか顔にやけすぎてキモい…いたたたっ」
「親に向かってなんて口きくの。今紗英ちゃん来てたのよ」
「いっつー…なに、紗英いたの?」
「仕事終わってこれから帰るみたい。カッコいい男の子連れてね!」

「…………は?」



驚愕事実まで、あと数日。




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