晴れたす曇りたす嵐

□20日
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次の日の日曜日。仕事も休みで、いつもと何気なく起きようとした。
もにゅ

おや、と思ったのは頭が目を覚ました時で私の布団に何かいる。そう思って布団をはいだ。



「なっにしてんのきりちゃん!!」
「もっと考えろよ!」



おかん、こと猪名寺君と二郭君が仁王立ちする前には意気揚々とした顔で正座をしている摂津君。
朝部屋にいなかった猪名寺君が探し回ってて行き着いた先が私の部屋。
もう着替えをすませていた摂津君に私は驚いて声も出なかったわ。


「だって待ちきれなかったんだよー。早くバイト行きてえ」
「あのねえきり丸。その気持ちは尊重するけど、時間を考えなよ」
「まだ朝方だよ?お店やってないっしょ」


その通り。どんなに摂津君が急ごうともお店はやっていません。頷くとがーんっ!と効果音が出るほどの悲しみが見える。昨日時間は伝えたはずですが?


「摂津君、急いだところで仕事内容は変わらないしお金も増えないよ?そこまで今から気張る必要ないって」
「バイトに必要なのは時間と銭を惜しむ心!今もったいない!もったいなすぎる!」


そこまで言われましても。熱くなる摂津君をおかん2人がなだめてくれてる間も福富君のご飯を食べる勢いは止まらない。みんなちゃんと起きてきてくれるから用意する分には助かるものである。
怒ってる、怒られている者以外は居間のテーブルで朝ご飯を囲んでいる。もう終わりの子が出てきてますけど。


「今週の食器洗いはー?」
「えっと…乱太郎ときり丸ー」
「ほら、まだやることあんじゃんか」


冷蔵庫の扉に貼られた当番表から今週の当番が割り振られて摂津君バイト行く前にやることやらなきゃ。
そーだった、と立ち上がり猪名寺君と台所へ。この大人数分は助かる。


「バイトかー…紗英ってそんなに仕事大変なの?」
「楽な仕事はないだろうけど、大変で充実してるよ」


へぇー、と興味があるんだかないんだかわからない返事を返す加藤君に苦笑しつつも、全員分のお茶を準備する。食後はお茶が欲しくなるのはどの時代も変わらないようだ。


「それで、きり丸のバイト先はどんなところなの?」


お茶を傾けながら夢前君が尋ねた。そういえばみんなには説明してなかったかな。


「摂津君に紹介するのはファミリーレストラン、通称ファミレスと呼ばれる飲食店です」
「ふぁみれす?」
「ふぁみりーって何だよ」
「家族って意味」


家族で食べに来るところ。そう告げて摂津君を見つめる。あの告白の後からこのバイト先を紹介するのは少し気が引けた。両親共にいないとは幼い頃に亡くしたという意味だろう。
一生変わらない傷。心に空いた穴は埋めることができない。それでも、私は彼に乗り越えて欲しい。

じっと見ていると私の視線に気づいた摂津君は歯を見せてにっと笑った。


「働けんならどこでも!」


すでに仲間を手にしている彼に怖いものなんてないのかもしれない。そーですか、と返すと周りのみんなも笑ってくれていたような気がした。


「それじゃ、食器洗い終わったら行こうか」
「マジで!?終わった!」
「「はやっ」」


一瞬で終わらせるとはどんな根性だ。すでに着替え完了している摂津君は玄関に走っていく。ちょ、まだ私準備できてないけど。


「ふぁみれす行って紗英はどーすんの?」
「んー…摂津君の様子見てからちょっと買い物してくる」


昼ご飯の材料買いに。そう告げるとはい、と手が挙がった。


「ん、皆本君から挙手がくるとは思わなかったよ。どうぞ」
「俺も一緒に行っていいか」
「荷物持ちしてくれるなら、もちろん」
「えー!俺行きたいー!」
「加藤君は今週部屋掃除でしょ。二郭君達にみっちりしごいてもらいなさい」


掃除機を構える二郭君、まさにおかん。加藤君がひいい!と悲鳴を上げている。南無阿弥陀物。


「じゃあ皆本君も行こっか」
「ああ」


準備を数十分で済ませ玄関で待っている摂津君の元に。すでにスニーカーを履いていてスタンバイばっちり。


「あれ金吾も行くのか?」
「帰りに買い物手伝ってくれるの」


皆本君の靴これねー、と渡し自分もパンプスを履いた。よいしょと立ち上がると2人は物珍しそうに私の足元を見ている。な、なに?と少し下がると横開きの玄関を開けながらそれ、と下を指差した。


「変わった履き物」
「あ、これね」


2人は私のパンプスを見て驚いていたようだ。なんだか驚かれると逆に照れるな。


「これがどーゆうのって説明は、うまくできないな…」
「色的に女が履くものなんだろ?」
「うん。男は履かないね」
「それに、なんか身長高くなってね?」
「ヒールによるものだね」


ほい、と片足を上げてヒールを指さすとこれかとまじまじと見ていた。


「どーりで。身長ごまかすんだな」
「人聞き悪いこと言うなー」
「時間、大丈夫なのか?」
「「あ」」


皆本君の言葉により腕時計を見ると意外にギリギリかも。よし、行こうと2人を促した。


「どんなかなー」
「楽しそうだなきり丸」
「まあな!あっちじゃ子守とか店番ばっかりだったから楽しみで仕方ねえよ!」


子守や店番……やはり、バイトの内容は違うようだ。

今回紹介するファミレスは、私が高校時代お世話になったということもありすんなり知り合いである摂津君を受け入れてもらえることになった。
まあそこで働いたのは高校2年から卒業までだが。

見た目はどこにでもあるような普通のファミレス。店内もテーブルが並び奥に厨房があるような変わらないお店。
カランカラン、と音が鳴ると一斉に店員さん達が声を張り上げる。


「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」


高校生くらいの女の子の店員がマニュアル通りのセリフを述べる。私の後ろにいる2人はキョロキョロと辺りを見渡しているから私に聞いてるんだろう。


「店長さんに用があって…」
「お!来たな藤堂!!」


私が来たのに気づいたのか奥から顔を出した店長。顎髭にくわえ煙草。どこをどう見てもファミレスの店長ではないだろう。


「ちわっす。相変わらずの見た目ですね」
「おお!お前も相変わらずふてぶてしいな!」
「ちょ、頭ボサボサになる!」


店先で騒ぐ私達。ここじゃなんだから中行くぞ、と先導してくれた。


「なあなあ、あの人誰?」
「このお店の一切を任されてる人。店長っていう役職かな」
「……ずいぶん、親しいんだな」
「顔見知りだからだよ。皆本君も一緒に行こ」


2人に声をかけて店の奥に。懐かしいスタッフルームにキョロキョロしながら先に来ていた店長はだらんとパイプ椅子に座っていた。


「そんで、働きたいってのはどっちの色男だ?」
「色男って……まあいいけどさ。摂津君、座って」
「はーい」


パイプ椅子を引きそこに座る。真っ正面に店長がおり、その威圧感は半端ない。見た目が見た目だからね。


「じゃあ、まず名前と年」
「摂津のきり丸。年は15っす」
「15か……まあ見た目がこれだからごまかせんだろ」


15で驚いたようだが、まあいいと仰け反った状態のまま摂津君を見た。鋭い目に後ろの皆本君まで少し空気がざわついたように感じた。私はこれを高校の時経験したからもう慣れた。
じっと見つめる視線から目線をそらさない、お互いに。
それから数秒後、店長がぱちんと目を閉じて合格なと軽い流れで呟いた。


「…う、え?」
「だから合格。俺のきっつい目に睨まれながらも耐えられんなら不良共も対処できんだろ」
「自覚してたんですね…いたっ」
「外野ー、うっせえぞー」


持っていた煙草の空箱を投げられ、当たった額を押さえる。なんて店長だ。
だけど見た目がヤクザ、それでも力量は確かだ。


「諸々の事情はそいつから聞いてる。金を稼ぎたいなら死ぬ気で働け。どんな事情だろうと俺は贔屓しねえから、そこんとこよろしく」


ひらりと片手をあげられ摂津君はよろしくおねがいしますっ!と勢いよく立ち上がって頭を下げた。
それによかった、と私は笑い皆本君を見ると同じように微笑んでいた。



――――――



「いらっしゃいませー!!」


それから間もなく、摂津君には制服が支給され教育係の元バイトに勤しんでいた。


「慣れてるって感じだねえ」
「俺達も付き合わされたことあるし」


ファミレスのテーブルで向かい合わせに座りながら摂津君の様子を見守る私達。ちゃんと飲み物頼んだからいいんです。


「昔からみんなを巻き込んでいたってわけか。想像つくなあ」
「俺より同室の乱太郎やしんべヱの方が大変そうだったけど」
「皆本君は山村君と同室だっけ。ナメクジは昔からいたの?」
「…………いた」



変な間の開け方にトラウマでもあるのかと苦笑い。壁の時計を見るともうすぐお昼になりそうだ。ファミレスはお昼が稼ぎ時だし、そろそろおいとましようか。皆本君に出よっかと声をかけレジに向かった。


「お、行くのか?」
「うん。帰り道はわかるよね?」
「大丈夫大丈夫っ!」


レジ打ちを教わりながら笑う。順応力の高さに私は驚きだよ。摂津君のおぼつかない精算をしてもらい出口に向かう。


「ありあとやしたー!!」


出口付近で聞こえた摂津君の元気な声。思わず笑みがこぼれるようなものだった。



















(たでーまー!!)
(おかえり。どうだった?)
(店長怖え!!)
(話聞かせてー)
(おう!まずな、食いもんから違くってよー)





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