晴れたす曇りたす嵐

□19日
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「俺、性に合わない!」


突然叫ぶように私に言い放ったのは昨晩の出来事で。びっくりした私に猪名寺君が通訳してくれた。


「きり丸は根っからのお金大好き人間でして、毎日アルバイトをしていたんです」
「へえ、それは感心だけど……今の発言の意図するものは?」
「おそらく、バイトのしなさすぎと」
「紗英さんに養われてるこの状況が初体験でどう対処していいかわからないんですよ」
「俺も働きてえええ!!」


結局叫び畳の上をのたうち回る摂津君。君達の時代にはアルバイトもあったのかい?時代背景マジ掴めないんだけど。
ともかく、今はのたうち回る摂津君をどうにかしなきゃいけない。そう思ったが、次の瞬間悲劇が。


「きり丸何叫んで、うわっ!!」
「馬鹿!こっちに飛んできた!!」
「わ、悪い!これで拭いといてー」
「団蔵足元見て歩けよー」


この短い間に何が起きたのか。話している加藤君、笹山君、夢前君には見えていない…のか…?
ちょっと、と加藤君の肩を叩いたのは黒木君で。ん?と振り向いた加藤君に足元、と黒木君は呆れたように息を吐きながら指で指し示した。
下?と見ると、そこには柱に頭をぶつけて目を回している摂津君の姿。


「ええ!きり丸何してんの!?」
「お前だから!お前が勢いよくぶつかったからうまく転んで柱にぶつかったんだよ!!」


うっそ!とあまり反省してない加藤君。福富君がツンツンしてみるが摂津君から反応は返ってこない。こりゃ意識飛んだな。
可哀想に、と両手を合わせたらまだ死んでないからと隣の猪名寺君から冷静なツッコミ。


「こーゆうのって…撲殺?」
「庄ちゃんたら、冷静ね」


私より図太いわ。働くという話はここで終わり。これが昨晩の出来事で、起きたら珍しく摂津君が最初に起きているという奇跡が起きた。

いつも朝起きてる私はもちろん、早起きの黒木君さえ驚いていた。


「き、きり丸?何かあったの?」
「おはよう紗英!いや、おはよう紗英!」
「変わってないからね?何で言い換えたのかな今?」


かしこまった摂津君はおかしい。正座をして何かを頼もうとしているようだ。何を……隣の黒木君は黙って見てるだけ。離れて口を挟まないと決めているようだ。

私も、摂津君が何かを言うまで黙ってようと思い摂津君を見つめた。
少し目線を泳がせた後、覚悟を決めたのか摂津君は私を見上げた。


「……俺さ、両親いなかったから、誰かに養われるっての、初めてなんだ」


まさかの告白に私は自分の体が固まるのを感じた。黒木君を見ても知っているようで小さく頷く。聞いて、という意味なのか。私は摂津君に視線を戻し、言葉を聞いた。


「学費も、自分で稼がなくちゃいけなくて…でも、辛くなかった。学園には乱太郎もしんべヱも庄左ヱ門も、みんないたし、そこにいるためならバイトなんて苦にならなかったんだ。だけど、今ここにいるのは紗英のおかげで…紗英が俺に居場所をくれたから、俺はいれるんだ。だから、俺、少しでも紗英のために何かしてえんだ。仕事が大変だっていうなら、その負担が軽くなるように、バイトして稼ぐから。俺にも、何かやらせてくれないか?」



目の前にいる彼は私より5歳も年下の男の子。それなのに、私より世界を、生きていく厳しさを体で知っている。
そのことに驚き身動きが取れないと摂津君がえ?と目を丸くした。どうしたのか、そう聞こうとしたけど声が枯れてるみたいに声が出ない。あれ、おかしいな。


「紗英……?」
「え、あ…ごめ……っ」


ようやく声が出て気づいた。自分が泣いてることに。頬を伝って流れていき畳に落ちた。違う、ツラいのは摂津君だ。私じゃない。これじゃ同情してるみたいじゃないか。よく見るのは同情されたくないって言葉を口にする天涯孤独の役者。あれは演技だから、だけど役になりきったらそうなのかと思ったことがある。
けど、摂津君のは事実で彼が生きてきた中に起きた出来事で、変えようのない真実なわけで……


「ご、め……ごめんっ…すぐ、止めるから、ちょっ、待って…」


着ていた服の袖で目を強くこするが、ぱっと立ち上がった摂津君に止められた。なんで、と彼を見上げるとそのまま抱きしめられて、私は身動きできなくなった。
中途半端に拭った涙はまた量を増して、彼の服に跡をつけた。


「ごめん、ごめん摂津君っ…泣くつもりは、なかっ…摂津君が、あまりにも、強くて、今まで、がんばってきたって、思った、ら…私の方が…おと、な…なのに…」
「いいよ。あんがと」


耳元に聞こえた声はすごく優しくてまた泣けた。見ていた黒木君がぽんぽんと私の頭を撫でてくれて、まるで私を認めてくれてるようだった。


「藤堂さんらしいよ」
「おう、確かに」
「…なんだ、それ…」


ず、と鼻をすすりながら笑った。摂津君の肩に顔を押しつけながら、頭の上で2人が笑ってる声が聞こえて笑われてるのに、心地よいものだと思った。



――――――



それからしばらくして、おさまった私は冷静に摂津君の言葉を理解することができた。さっきはいろんな驚愕事実により流していたため本題がずれてしまったが、今回、彼が私に言っているのはバイトについてだ。


「この世界が君達の世界と違うことはもう承知だよね?それでも、外に出て働きたいの?」
「もち!どんなことだってやってやらあ!!」


なんとも固い決意。それなら大丈夫だね。正直、彼らをこの現代に送り出すには抵抗があった。心配、というのか無知な状態の彼らは赤ん坊と同じようなもの。親の気持ちというものなのか…


「私の昔のバイト先紹介するね。いい人しかいないから」
「あざーっす!ようやく金が稼げるぜ!」


うっし、とガッツポーズを決める。そこまで嬉しいものなのか、とつい笑ってしまった。
するとぺたぺた、どたどた。階段を降りてきて廊下を歩く音が近づいてきた。


「おはよー」
「何騒いでんの?」
「はよっす!俺バイトするから!」


続々と起きてきたみんな。楽しそうに摂津君は話をしていて、やっぱりいいなあとまた笑っていた。


「藤堂さん、みんな起きてきたよ」
「あ!ご飯作るね!」


黒木君に言われてすぐに朝食作りに取りかかった。居間ではいまだみんなが騒いでいて、静かな日常は消えていっていた。

みんながいなくなったらどうなるんだろう。


ふと、そんなことを考えた。いつか帰るだろうみんなが、いなくなった居間、家。

この世界から、彼らが消えたらどんな影響を与えてくれるんだろう。


ボーっと彼らを見ているとぽんっと肩を叩かれそちらを見た。不思議そうな顔をしている笹山君だ。


「どうかした?」
「…包丁で、何切るの?」


そう聞かれて手元を見るとまな板の上に左手と右手に持つ包丁。あれま、何を切ろうとしてたんだか。


「ちょっとボーっとしてた」


ごめんねと謝れば手切るなよと一言注意をしてくれて。なんとまあいい子なんでしょう。



「紗英さんお腹空いたよー」
「僕もー」
「早く作れー」



まだ先なのか、もうすぐなのかはわからない。だけど始まりと終わりは隣り合わせにあるのは変わらない現実だ。


「はーい、もうすぐできまーす」



今は、この時を焼きつけるしかないのだ。





















(バイトいつから?)
(連絡したら明日面接したいって)
(面接かあ…)
(バイトに関してならきり丸の右に出る者はいないな)
(明日っからバリバリ働くぞおおお!!)





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