晴れたす曇りたす嵐

□11日
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社会人3年目にして初めてとった3日連続有給。さっそくこんなに使ってよかったのか、今さらながら後悔が襲う。
朝7時に起きて台所に向かう。台所と居間はつながっているため台所から居間の様子が見えるのだ。


「おはよう黒木君」
「あ、おはようございます」


昨日夜に部屋決めをして黒木君はニ郭君と同じ部屋になったはず。早起きだね、と言えば目が覚めましたとはにかんだ。殺傷能力あるよそれ。
私と同じくらいの長さの髪はななめに緩く結われていて男の子だけど綺麗だと思った。


「髪って何で結ってるの?」
「これは紐ですよ」


え、紐で結べるの?つい気になって近づいた。座布団に座る黒木君の後ろに回り失礼と結ばれてる所を見た。


「片手で押さえながら巻くんです。最後は蝶結びですが」
「すごい器用なんだね…ってことは、他の子達も?」
「はい。まあ器用じゃないのもいますが…」


ああ、思い浮かぶよあの2人。加藤君と佐武君はどうも大雑把でことごとく物を壊す。佐武君の怪力には驚いたもんだ。


「毎日大変じゃない?」
「そうですけど、僕らの世界ではこれが当たり前でしたから」


日常で培われた当たり前は私にとって大変だろうとも彼らにとっては日常の1つなんだ。


「庄ちゃーん!結ってー!」


どったどった家の中を走ってきたのは加藤君。長い青色の髪をそのままに居間までやってきたようだ。それにはいはいと返事をしながら加藤君を座らせる。


「朝起きたら縛ってたのなくなっててさー」
「寝相が悪すぎるんだろ」
「それはどうしようもないじゃん。あ、紗英おはよう」
「あ、うん。おはよう」


にへらと寝起きの加藤君の顔はとろんとしている。なんというか、昼間が嘘みたい。


「団蔵うるさいんだけど」
「もっと静かに歩けよなー」
「まだ眠いよお」


加藤君のうるさい足音のおかげでみんな目を覚ましてしまったらしい。早くご飯作んなきゃ。みんな結ってたり結ってなかったり。見えるのは綺麗な長い髪。


「藤堂さんおはようございます」
「おはよう猪名寺君。みんなも。ご飯すぐできるから、顔洗ってきて」


はーい、と返事をして駆け出す福富君と山村君。それに続いていく猪名寺君達、だけど……


「ちょ、しんべヱ頭邪魔!」
「兵太夫が押してくる〜」
「違う!虎若が場所取りすぎなんだよ!」


みんな入れるほど広くはないよ。


「何やってんだあいつら」
「あっちではみんなで井戸水だったからな。全員一緒に行くクセが出たんだろ」


ようやく結び終わった加藤君。確かにと黒木君と顔を見合わせて笑っていた。



―――――



スーツに身を包み少し肌寒いためマフラーを手に取った。鞄の中身はちゃんと確認したし、忘れ物はない…はず。


「それじゃ、自分の仕事ちゃんとやってね。黒木君、お昼ご飯は冷蔵庫の中だから。電子レンジの使い方は大丈夫?」
「大丈夫です」
「あ、あともう一度言うけど誰が来ても開けないでね」
「わーったから!」
「お前はおかんか」


ケラケラ笑う摂津君。この年でそれはツラすぎる。それでも彼らが心配であるのだからしょうがない。


「じゃあ私が電話をかけてきた時の合図は?」
「1回プルル、って鳴らして切る」
「その後もう1度かけてきて5回プルルが鳴ったら出る」


よかった、覚えててくれたようだ。皆本君の方を見ても猪名寺君がいるから大丈夫だろう。


「それじゃ、行ってくるね」
「「「行ってらっしゃーい」」」


玄関に行き私は靴を履いて扉を閉める。おかしなことなど何もない、それなのに胸にこみ上げてくるこれは何だろう。やっぱり風が冷たい。もう春だというのに。薄手のマフラーを巻いて口元を隠す。


「…やばい、にやけてる」


家に誰かがいて、私を見送ってくれたということが新鮮すぎた。
普通の家庭ならば何もおかしなことではない。だけど、私の両親は根っからの仕事人。私を愛してくれているのはわかっていたけど、家にいる時間はあまりにも短すぎた。
物心ついた時には鍵っ子。みんな親がいて、おやつを準備してくれているのに私は誰もいない家に帰るだけ。戸棚の中のおやつを1人、テレビを見ながら口に含む。
高校に入学すると両親共に海外出張が続いた。あまり家にいなかったから現実的に何も変わらないものだが、実際心に大きな穴が開いたように感じた。だけど、ただ感じただけ。誕生日には速達で荷物が届いた。大きなぬいぐるみや私の欲しかったウォークマン。私は、愛されてるって思えた。


「あれ、なんかにやけてる」
「う……そだー…」


社会人になったときも、大学には行かないと決めていた私に両親は眉をひそめた。大学くらい行ったら?何も高卒じゃなくても、私の将来を心配してくれた。私は嬉しかったけど、これ以上迷惑をかけちゃいけないと就職した。

その道が間違いだとは思わない。現に、今は充実した生活を送れているんだから。私は恵まれていたんだ、そう思うしかなかった。



――――――



仕事を終えて午後6時。同僚の誘いを断り駅に向かう途中にふと目を止めた。


「あれ…」
「ん?どうかした?」
「いや、不破君が小物屋さんとこにいるなあと」
「お、やるなあいつ。あの隣にいるの会計部署可愛い子ナンバーワンだよ。性格悪いけど…ってちょ、小物に興味あったっけ?」


不破君から目をそらし、もう私は露店の小物目を移していた。え?と顔を上げると同僚ははあ、とため息。なぜ?


「あんたの集中力なさにはホント呆れるわ」
「そんなことないし!あ、これ買ってくる!」
「は?そんなに?使わないじゃん!」
「いいでしょー」


手にしたものにお金を払いほくほくした気持ちになる。そんな私を見て変な顔をしてる同僚なんて知らん。

駅1つ分だから着くのは早い。みんな、どんな顔するのかな。ちょっとワクワクしながら携帯電話を取り出した。自宅にかけてワン切り。それからまたかけて5回、コールが続いた。それからガチャッと誰かが出た。


「もしも」
『おおお!紗英の声が聞こえんぞ!!』
『ちょ、なんでお前が出てんだよ!返せ!!』
『俺も!俺もやる!』
『何を?』
『紗英ちゃん聞こえる〜?』
『しんべヱでーす』
『三ちゃんだよー』
『お前ら電話に出る気がないだろ』


最初に加藤君から始まりみんながおもしろがって電話の周りにいるのがわかる。一番困っているのは黒木君だろう。もう聞こえてる人でいいや。


「今から帰るね」
『はいよー。腹減ったってしんべヱ騒ぐ前に帰ってこいよ』
「わかってますー。今日何もなかったよね?」
『ないない。んじゃ待ってるかんなー』
『団蔵!いい加減代われよ!』
『もう終わりですー』


えええ!という声の途中で無理矢理加藤君が受話器を置いたらしい。電話でそこまで騒げるものなのか。とりあえず携帯をしまって帰路に着く。

誰かが、家にいる。

思わずにやけてしまうのは仕方ないと思う。
彼らと出会ったのは偶然というしかないと思う。だって、皆元君を拾ったのが偶然地域のゴミ捨て場で、彼らがやってきた家が偶然私の家で。何もかも偶然。だけど、こんな偶然存在するものなのか。

2回偶然が重なるとそれを必然と呼ぶ。

どこかの偉い人の言葉。
ふーん、なんて流していたけど現在進行形のこの状況になると笑い話にできない。
それに、本当に彼らはトリップしてきたというのか。彼らが私を疑うように、私も彼らを疑う。いや、疑わなきゃいけないんだ。笹山君はまだ私をよく思っていないし、他のみんなも顔に現れないだけかもしれない。


「いった………」


クセになった、首筋の痛み。初めて会った時に向けられた鋭い刃はまだ私に向けられている。恩を返して欲しいなんて思ってはいない。だけど、少しでも私に恩を感じるというなら……



「ただいまー」


自分の家の鍵を開けて扉を押すとそこには福富君と山村君がいて、またいつものなんつってが喉元で止まった。もう一度弱くただいま…と言えばおかえりなさーい!とこれまた元気よく返ってきた。


「あ、帰ってきた」
「おっかえり〜」
「遅えよ!腹へっ」
「団蔵うるさい」
「いっ!叩くことないだろ!」
「おかえりなさい藤堂さん」
「金稼いだのかー?」


口々に話をするみんな。それに動きが止まりそうになるも今からご飯作りますよー、と靴を脱いだ。
玄関を上がるとがさっと持っていた袋が揺れ、佐武君がそれなに?と気がついた。


「あ、これね。みんなにお土産」
「くれんの!?」
「きりちゃん反応しすぎ」


そんな大層なものじゃないんですけど。お土産を開ける前に加藤君、と呼んで座布団に座らせた。その後ろに回るとどんなことしてたのか、結んでる髪がボッサボサ。


「ちょっと動かないでねー」
「おー」
「なになに?」
「髪の毛で何かすんの?」


周りの子も興味津々なようで。1つ取り出して髪を手に取った。本当は楽しちゃいけないんだろうけどさ。せっかく綺麗な髪なんだし。
片手でまとめて腕につけたお土産を髪に巻いた。数回巻きつけて離せばおおー、と周りで感嘆の声があがる。


「え?なに?」
「これヘアゴムっていうんだけど、これなら簡単にみんな髪の毛結えるかなと思って」
「へえ、こんなものまであるんだ」
「色もたくさんあるー!」
「俺金!金色!」
「きりちゃん、銭じゃないからね」


袋の中を開けてそれぞれおもしろい反応をしてくれる。買ってきてよかった。ありがとな紗英ーと私を見上げて加藤君は歯を見せて笑った。

今はどうか笑っていて。




(何にする?)
(これ!)


 

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