晴れたす曇りたす嵐

□9日
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現代を知らない彼らに戻っても影響を与えない程度、何を教えればいいんだろう。


「僕お腹空いちゃったよ〜」


皆本君を拾ってきて11人もの男が増えて次の日。その日は全員居間で寝たのだが、やはり同じ人間。お腹が空いたらしい。
今日は何というか、彼らを放っては置けないと思い会社には休みの電話をした。私が休むというのが相当珍しいのか上司は1日と言わず3日くらい休めと言い渡された。思わず邪魔でしたかと聞けば働き過ぎで死ぬぞと呆れていた。
あ、そっちですか。


「福富君、だよね。朝はご飯の方がいいかな?」
「はい!ご飯大好きです!」
「ちょっと待ったーしんべヱにご飯を食わせるなら5合はほしいでーす」
「そいつの胃袋無限大でーす」
「ちょっとみんな!僕そこまでじゃないでしょ!」
「「自分を見つめ直せ!!」」


猪名寺君と摂津君によるとしんべヱ君は大食間らしい。こりゃもう1つ炊飯器買うか。


「ねえねえ紗英、風呂入りたいんだけど」
「加藤君敬語とかオール無視っすか…1番物覚えのいい子は?」
「庄左ヱ門!」
「あと伊助!」


即答されるほど頭がいいのか。じゃあ黒木君とニ郭君ちょっと来て、と呼びお風呂場に連れて行った。
蛇口をひねりお湯を出す。それに驚いた表情なのは昔は井戸だったということか。


「この湯船に水かお湯を張ってね。あ、水色の方を捻ると水、赤色の方を捻るとお湯が出るから。そんで最後にこのボタンを押してね」
「それを押すとどうなるんですか?」
「勝手にお湯を沸かしてくれる。あとは台所のセンサーと連動してるから放っといていいよ」
「……現代つえー」


初めて見たらこんな反応になるのか。私は生まれた時からこれがあるのが当たり前だったから変だと一切思わなかった。もちろん、今も思ってない。他にもシャワーやシャンプーを教えたらシャンプーとかコンディションの存在は知っていた。この子達の元の時代どんな?
おいだきのボタンを押しながら2人に向く。


「今日は私がやっとくから。あ、あと台所の方の」
「うっわあああ!!」
「な、何してんだよ喜三太!!」


台所の方で騒ぎ声。何かと顔を上げると2人はまた何かやってる、と苦笑い。とにかく行こうと台所に向かった。



――――――



「ナメクジさん達どこ〜!?」
「足元!下を見ろ!」
「床に銀の線できてんぞ!!」
「こっちにいたー!!」


台所で騒いでいるのはどうやら山村君の壺の中身。足を踏み入れようとするも、足元にいるのを見つけ指を差し出す。それによちよち登ってきて、はいと山村君に差し出した。


「わあ!ありがとう紗英ちゃん!」
「山村君の大事なものはナメクジさんだったんだね。ナメクジってどんな所で飼うものなの?」
「暗くてジメっとしてるところかな〜、押し入れとか!」
「そっか。それじゃあ山村君の部屋は畳じゃない方がいいかな」
「そうしてくれると助かるよ!ありがとう!」


ふにゃ、と笑う山村君に私も笑いかけた。
そして顔を上げると先ほどまで騒いでいたみんなが信じられないという顔で私を見てきてる。え、何か悪いことした?


「藤堂、さん……ナメクジ平気なんですか?」
「あ、まあ。拒否するほどでもないよ」
「へえ、変わってんだな紗英って」
「こらこら、黒木君みたいにさん付けしなさいよ」
「んな童顔で年上とか思えないし」


はっ、と笑う加藤君と摂津君。なんて奴らだコイツら。礼儀がなってるのは本当に黒木君らしい。すみません、と謝られてはそれ以上強くは言えない。


「まあいいさ…それじゃあ全員注目」


パンパンと手を叩けば全員が私を見た。端正な顔がこうも揃うと恐ろしいものだな。会社からもらった有給3日。これを有意義なものにするためには、時間を有効活用しなければならない。


「君達に最も必要なもの、それが何かわかりますか?」
「ご飯ー」
「今炊いてます。それ以外」
「ナメクジさんの餌〜」
「何食べんの?つーか今は君達が必要なものの話だから!」
「あー…服?」
「その通り!!」


福富君と山村君の答えのあと佐武君がようやく答えを出してくれた。そう、今早急に欲しいのは11人もの15歳男子が着る服である。


「残念ながらこの家には君達全員分の衣類はございません。従兄弟の服が数着あるだけで、あとは私のものです」
「それじゃあどうするんですか?」
「買いに行きます。そこで2名、服選びに同行してもらえるかな?」


え?外に出られるの?その思いが一気に来たのか目を輝かせ始めたメンツ。よほど外の世界に興味があるんだろう。


「あ、でも黒木君は家で待機ね。大体の説明は彼にしたから残りの人達に説明してもらうから」
「わかりました」
「お風呂入りたい加藤君は黒木君に説明してもらいながら入ってね」
「えー、俺も外に」
「風呂入っててね」


最後まで言わさず。選択肢は少ない方がいいだろうからね。黒木君加藤君皆本君を抜いて残った8人は顔を見合わせる。誰が外に出るかということだろう。


「まず1人は、全員一致で伊助!染物屋の実力を発揮してこい!」
「染物屋関係あるかなあ…まあいいけど」
「それじゃ後1人はやっぱこれだろ」


ニヤリと摂津君が拳を出す。それに応えるように身構える。え?まさかの殴り合いとか?そこまで重要なポジションじゃないのに?
おろおろと顔に出ていたのか外出する権利を手に入れたニ郭君が隣で笑った。


「喧嘩沙汰には絶対ならないから安心して」


そして居間に響いた声。皆本君は違う部屋に移してるからいいけど、怪我人がいることは配慮していただきたい。



「最初はぐー!!じゃんっけんっ!!」
「「「「「ぽんっ!!」」」」」



ようやく、年下に思えた。



――――――



従兄弟の服が数着あるのはたまに泊まりに来るからだ。ここの方が仕事場に近いらしい。クローゼットから服を取り出す権利を手に入れた2人、ニ郭君と夢前君に合わせてみる。


「うーん、組み合わせはどうしよ…」
「着替えなきゃダメなの?」
「………まだ、聞いちゃいけないと思って何も聞かないけど、着替えなきゃダメです」


首を傾げる夢前君にため息をつきつつ服の組み合わせを考える。彼らの今の格好は何というか、現代では見ないものだ。装束というのか、わからないけど。


「あ、あと髪もちょっといじらせてもらえるかな」
「これじゃ、やっぱり違うんですね…」
「うん…まあ結び方を変えるだけだから」


今時髪が長い人が少ないわけじゃない。だけど、服に合わせて多少変える程度だ。外に出てはきっと彼らは浮く存在になり得る。いろんな意味でだが。


「紗英さーん、服の着方がわかんなーい」
「あ、それはボタンで留めるんだけど……」


大きな子供の純粋な質問に驚く暇などなかった。当たり前のことだって、彼らにとっては初めてなことであり私はそれらも全部ひっくるめて面倒を見るとかって出たんだ。


「上着脱いでこれ着てみて」
「ここに袖通していいんだよね?」
「そうそう。そんでこうやってこの穴に逆側のボタンをはめるの」


夢前君の前でしゃがんでボタンを留めるとこうするんだと物珍しそうに見下ろしている。隣のニ郭君も見よう見まねで挑戦しているも苦戦している。


「じゃ、残りは夢前君やってみて。ニ郭君は私の前においで」


夢前君からずれて膝立ちで移動。お願いしますと控えめなニ郭君にきゅんとしながらもボタンを留める。こーゆうのも考えなきゃなのかと再認識した。
それから着替え終わった2人の髪を解いて少し下の位置に縛り直す。ニ郭君も夢前君も、元のポニーテールの位置で緩くしただけ。すごく髪質がよくて驚いた。


「これなら大丈夫かな。私準備してくるから先に入り口に行ってて?靴も出すから」
「わかりました」
「りょーかい」


2人を居間に見送って自分の部屋へ。
私、あんなカッコいい2人の隣で大丈夫だろうか。いや、アウトだな。
とりあえず動きやすいものをと手に取り2人を待たせている玄関に急いだ。すぐに行って、大量の服を選ばなくちゃ。
しかしすぐに、なんて彼らに通じる訳がなく。玄関に行く手前の廊下でみんながガヤガヤしていた。


「すっげー、こんなの着るんだ」
「これなに?服の突起?」
「ぼたんって言うらしいよ」
「髪の位置も下だな」
「けど、違和感なくね?」
「さすが俺達じゃん」
「君達、玄関先で騒ぐなよ…」



ようやく私の存在に気づいたのか夢前君が紗英さんも着替えたんだと笑った。そりゃ、スウェットはいかんでしょ。


「みんなは大人しく家にいて。黒木君、説明した通りこんな音とこんな音がしても反応しなくていいからね」
「わかりました」
「服が数着しかないから加藤君の他に風呂入っても裸で待機だから。いい?外に出ないでね?あ、夢前君この靴履けるかな?ニ郭君はこっち」


2人を玄関先の段差に座らせ靴を履かせる。お、意外にピッタリじゃん。私も服装に合わせてスニーカーを履いて玄関を開ける。


「それじゃ、お留守番よろしく」
「行ってきまーす」
「汚くすんなよ」
「「「行ってらっしゃーい」」」


簡単な説明しかしてないのに残していくのは若干不安だが、今は私が家を開けるしかない。こんな人数の服も食料も持ち合わせてはいないんだから。


「それで、どこに行くの?」
「服も食料も売っている大型量販店、通称デパートです」
「でぱーと?」


あ、横文字わかんないのか。シャンプーは知ってたのにね!もしかしたら彼らの時代は南蛮化が徐々に進み始めていた時代なのかもしれない。


「今回は電車に乗らないけど、バスには乗るから。着いてきてね」


2人ははいと頷いて笑った。



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