晴れたす曇りたす嵐

□7日
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高校を卒業したのは今から2年前。進学って手もあったけど、早く独り立ちしたいと思った私は就職に。


「行ってきまーす……なんつって」


誰もいない家を開けるのもなんだか不用心だけど、そうするしかないから仕方ない。朝から家を出て1つ先の駅へ向かう。家から通える距離の会社に感謝だよ。新しい季節になり、今年で3年目の社会人になる。もうお酒だって飲めるし、強くないけど。
何も変わったことなんか起きるとも、起こそうとも思いはしなかった。

だけど、今日は何かが起きそうな気がした。


「今日飲み行こうよ紗英ー」
「私強くないって言ったじゃんか。だからパス」


同僚にバツをジェスチャーで送り電車に乗る。ガタンゴトン、揺れる箱の中で今日の夕飯を考える。冷蔵庫に入っていたのは確か鶏肉とか卵とか牛乳とか。とりあえず夕飯になりそうなのはあるだろう。
あ、でも今すごくオレンジジュース飲みたい。
やっぱり帰りにスーパー寄ろうと思い最寄り駅へと降りた。


春先の空気は少し肌寒くて、首に巻いたマフラーはまだ欲しい。
近くのスーパーに寄りオレンジジュースとついでに食パンを買って帰路に着く。


「はふぅ…寒いなあ」


吐く息はもう白くない。先日まで白かったのに、と内心笑っているといつも通る道にいる犬がわんっと吠えた。なんだなんだとそちらを見ればなぜか悲しそうに尻尾を振っていた。


「あれ、君はいつも元気だったじゃないか」


どうしたー?と近づくがくうんくうん、悲しげに鳴く。どうしたものか、手を伸ばして見るとぶんぶん頭を振られてしまい、早く帰れと言われた気分だった。いつもここで30分くらい寄らせてもらってるのに。
仕方ない、機嫌が悪い日もあるんだろう。私はじゃあねと立ち上がり自分の家に向かう。
とくんとくん、少しだけ心臓が鳴る。どうしてかはわからないけれど、今日はいつもと何かが違うと思ったんだ。
何が?わからない。わからないから私は答えを見つけることができない。


「……なんだ、あれ」


私の住む家まで行く道には地域合同のゴミ捨て場があるのだが、今日はあいにくとゴミ捨ての日じゃない。だけどゴミ捨て場には何かがある。
何かは暗くてわからないけど、確かに私の目にはごろんと動いたように見えた。


「猫?犬?…いや、もっと大きいのかな」


昔から動物を拾ってくる性分の私はこーゆうのを見つけると放っておくことができない。

たった今家では何もいない。日中空けてしまうのに動物の世話なんてもってのほか。だから仕事を始めてからは育てるということをしていない。


「にゃんにゃんですか、わんわんですか………おや」


ゴミ捨て場を覗いて驚いた。そこにいたのは私が予想していたものとは確実にかけ離れていたものであり、目を丸くする以外方法が見つからない。



「な、で……ひと?」



そこにいたのは私よりも大きい人間で、私が近づいても起きないくらい寝ていて。だけど、嫌な予感がよぎった。
あの、と揺するために触れた体は冷たくて私の血の気が引いた。
今まで隠れていた月が顔を出して、ゴミ捨て場内を映す。見えたのは赤黒い液体。


「あの……っ、大丈夫ですか!!」


必死で叫ぶけど、人間は起きない。だけど体温はなくなっていく。必死で、彼の体を引っ張った。冷たいけどまだ息はしてる。
病院に行った方が先決だろうけど、今は自分の家に帰って応急処置をした方がいい。


「お、おもっ……」


自分より大きい人を背負うなんて初めてで、だけどこんなに誰かを助けたいと思ったのも初めてで、私は人を背負っての全速力を出して自宅に向かった。

ゴミ捨て場から家までそう距離はないはずなのに今日に限って遠く感じた。もっと足が速ければ、もっと力があればと何度も自分を恨んだ。

ようやくついて玄関先の格子押して鍵を取り出す。ずっと鍵っ子だった私に片手で開けるなんて造作もないこと。
だったんだけど、鍵穴に差し込んで違和感に気づいた。まだ回してないのに、扉が若干開いている。うちは横開きのタイプでそれが開いてるってのは有り得ないことだ。朝ちゃんと閉めたことは覚えているんだから。

背中の彼を背負い直し、ゆっくり開けて中に。
カラカラ、音が鳴るのは仕方ないことだ。扉を閉めて前を向いた瞬間。すっ、と目の前に誰かが現れた。


「え、」
「お前は何者だ」


暗くてよく見えないのだが、低い男の人の声が聞こえる。誰だかわからないけど、私が少し前に行くと首元に冷たい何かがあるのがわかる。


「……あなた、誰?」
「こっちの質問に答える方が先だ。ここはどこで、お前は何者だ」
「……質問が増えてるじゃない。ここは私の家で、私は藤堂紗英だよ。そっちこそ、私の家で何をして」
「きり丸!その人の背中!!」
「金吾!金吾だ!!」


奥から声が聞こえた。
何人いるかわからないが、大勢いることがわかる。彼らは夜目が利くのか私の背中にいる人のことを知っているようだ。


「金吾!テメェ、金吾に何をした!!」
「…は?私は、彼を連れてきただけ」
「とぼけんな!!気を失って、怪我までしてんのにただ連れて来たわけじゃねえだろ!!」


目の前の彼は仲間を私が傷つけたと思っているのか興奮状態で人の話を聞こうとしていない。


「返せ!!仲間を返せよ!!」


さらに押しつけられる冷たいもの。何かはわからないが、凶器なのは確かだろう。
後ろで止める声も聞こえるが、全く彼は聞いてない。
私は、彼の手を掴み自分の首に押し当てた。
彼の手から動揺が伺える。きっと私の行動に驚いているんだろう。


「私はあなた達を知らない。背中にいる人はさっき道端で倒れてたのを見つけて連れてきたの。ただ手当てするだけ。そんなに心配なら手当てを横で見てればいい。私があなたの仲間を殺すような仕草を見せた時は私を殺しなさい」


チクリと首筋に痛みが走った。彼は気づいたのかバッと離れ何とも言えない表情で立ち尽くした。


「きり丸、悪い人じゃないみたいだよ?」


誰かが彼の肩を叩いた。そちらを見てからわかったよ、と返事をして彼らの方で話がまとまったようだ。


「手荒なことしてすみませんでした。金吾の手当て、お願いします」


丁寧な言葉が聞こえ、わかりましたと返してようやく靴を脱いで自分の家に上がることができた。





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