晴れたす曇りたす嵐

□27日
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「もう熱はないみたいだね」
「うん、体ダルくないよ」
「だからって油断しちゃだめだからね?庄ちゃんはすぐに我慢するんだから」
「あはは、大丈夫だって」


まったく、と呆れながらも笑う乱太郎。昨日の今日で庄左ヱ門の熱は平温に下がり普通に起きて話せるくらいにまで回復した。
それも看病してくれたみんなのおかげだろう。


「庄ちゃんもう大丈夫?」
「うん。ごめんね伊助、部屋掃除任せちゃって」
「気にしない。藤堂さんも手伝ってくれてるから謝るなら藤堂さんに」
「気にしてないよー」


掃除機を持つ伊助とはたきを持つ紗英。庄左ヱ門は紗英のことを目にすると斜め下に目線をずらした。それを紗英は小さく苦笑いを浮かべながら見ていた。


「それじゃ二郭君、私2階の掃除してくるから。下よろしく」
「わかりました」


ちゃんと寝ててね、と庄左ヱ門に釘を差しトントンと2階に上がっていった。
そして庄左ヱ門に襲うのは言いようのない罪悪感というモヤモヤ。


「……庄左ヱ門、何かしたの?」
「いや、違……何でもない」


無論気づかない仲間達じゃない。紗英がおかしいわけじゃなく、庄左ヱ門がおかしいんだと。しかし仲間達はわかっている。庄左ヱ門が言わないことを。は組の頭脳は本音を語りたがらない、同室の伊助にさえも。


「私は水を捨ててくるね、もう寝てなさい」
「ああ、うん」
「僕も掃除に戻るけど……風邪なんだから悩みすぎるなよ?」


ひらひらと部屋を出てすぐ掃除機の音が聞こえた。最新のものらしく音がそんなに響かないという優れものだ。
乱太郎、伊助がいなくなってから庄左ヱ門は軽くため息をついた。
昨日のことを振り返ればなおさら。自分はなんてことをしたんだと後悔が押し寄せる。
風邪にかかりうなされた中、見るものはあちらの世界の最悪な結末。
次々と殺されていく仲間、先輩、家族……必死に手を伸ばした。必死に苦無を握って走ったのに、こっちの世界の人間をあっちの世界は受け入れなかった。

やめろ、やめろ!

十五年生きてきた世界の色が変わっていく。真っ赤、真っ赤…それから…真っ黒に。

自分は何もできなかった。こっちの世界でのうのうと生きていて、いいのか?もっとすべきことがあるんじゃないのか?そんな葛藤の中で見た、小さな光。
全てが弾けた、そんな感じがした。



「悩んでる?庄左ヱ門」
「きり丸…バイトはどうした?」
「これからー、でも庄ちゃんに聞きたいことあったからさ」


よいしょ、と庄左ヱ門が横になる布団の側に腰を下ろした。なんだ、なんて愚問だ。彼らはわかりきっているんだから。


「庄左ヱ門、俺達は俺達のできることをしようぜ?」
「……何を、今さら」
「できることってのは1人1人違うんだよ。向き不向きが存在するからな」


俺は歩き回った身だからわかってるぜと歯を見せて笑う。それはきり丸が1人で生きていく術を身につけているから言えるんじゃないのか。庄左ヱ門は首を傾げる。


「は組の頭脳は庄左ヱ門だ。俺達の長所と短所を知り得ているだろ?」
「そりゃあ、計画を立てるには必要だから」
「それとおんなじだ。俺達には庄左ヱ門みたいに綿密な計画を立てることはできない」


びしっと人差し指が庄左ヱ門に向けられる。それに目を丸くする庄左ヱ門だがきり丸ははーあ、と呆れたようにため息を吐き頬杖をついた。


「お前は俺達を知りすぎてる、逆に言えば自分を知らなさすぎるんだよ」
「自分のことは自分で一番理解してるつもりだけど」
「自分から見る自分と他人から見る自分は違うぜ?現に庄左ヱ門は紗英に助けを求めた」


自分の道を見失いそうになったんだろ?
きり丸の問いかけに答えられない。それはなぜか、自分で認めていないだけで本当はわかっていたのかもしれない。
光を捕まえようとした。それに、すがりつきたかったんだ。こっちの世界で過ごしていくことの不安が、は組の学級委員長である庄左ヱ門にのしかかり膨らんだ。誰にも相談はできなかった。自分がこんなに悩んでいるんだ、他の人も顔に出さないだけで心に抱えていると思っていたからだ。六年も一緒にいたら各々の心情を察するのは容易いことだ。それ故に、ため込むしか方法を見いだせなかった。
それが最善の方法ではないものの他になかった、それのせいとは言わないが体調を崩したのは自分のせいであり、誰も悪いことなんてなかった。


「……藤堂さんは、やっぱり変だ」
「今さらだな」
「藤堂さんは何も悪くないのに、むしろ僕らを受け入れてくれた身なのに、僕のことを拒絶しなかった…」


両手を開いたり閉じたりと何度か動かす。掴んだ手首は細くて簡単に折れそうだった。普通より鍛えているんだから当たり前、紗英は一般人だ。
それを自分は押し倒し、さらには抱えきれなくなった不安と嘆きを彼女にぶつけた。理不尽にも程があるというもの。自分がどんな立場に置かれているかわかっていたはずなのに、精神的な弱さを抱え込めなくなっていた。

黙って拳を握る庄左ヱ門。きり丸はふう、と息を吐いて笑った。


「ま、庄左ヱ門に今できることは完璧に体調を戻すことだな」
「それは心得てる…あと、藤堂さん呼んでくれる?」


ちゃんと謝らなければ、庄左ヱ門の言葉の意味がわかったきり丸は了解といってきますを残して部屋を出た。
モヤモヤは好きじゃない。は組で頭脳を名乗るんだ、白黒はっきりつけなくちゃ。


「黒木君?なんか摂津君に呼ばれたんだけど…」
「うん、僕が呼んでって頼んだんだ」


手にしていたはたきを置きいそいそと庄左ヱ門が上半身だけ起こしている布団に近づいた。その動作を見ながら庄左ヱ門は思った。
この人はどんなことがあっても変わらないと。


「どうかした?まだ気持ち悪いの?」


こうして心配をしてくれる。お人好しの他にない。目の前にいる自分より小さい彼女は実年齢、精神年齢共に自分より大きい。


「……昨日は、すみませんでした…」
「いいよ、黒木君の不安に気づけなかったんだから」


私こそごめんねと眉尻を下げる。だが庄左ヱ門は違います、と首を横に振った。
違う、気づけなかったんだんじゃない、気づいてほしいと思いながらも自分が隠し続けていたことなんだ。


「僕は大切な仲間達がいる。先輩もいて、家族もいて、守りたい場所もあるんだ」
「…うん」
「戻りたい、それは今も変わらなくて…」


何が言いたいのかまとまっていなくて混乱してくる。言葉に詰まりながらも紗英はただ庄左ヱ門を見つめていた。それも優しく微笑みながら。


「私もね、昨日黒木君に言われて気づいたんだ」


ふわりと笑う表情は年相応で、何が?と目線をそらしながら聞くしかなかった。


「漠然としか考えてなかったんだと思う。君達が過去から来たってことを」


そっと庄左ヱ門の手を握った。それは昨日のように存在を確かめるように優しく、そして力強く握りしめた。


「君達が戻れるために、最善を尽くすよ」


微笑む表情。不安なんていらないと物語っていて、庄左ヱ門は握られた手と紗英を交互にゆっくりと見た。それから、黒木君と優しく呼ばれ目を見つめた。



「黒木君が辛いとき側には仲間達がいるのを忘れないで。あなたは1人じゃない、それでも泣きたい時があったら私が泣かせてあげる」



そしたら、顔を上げて笑えるようになるよね?
笑いかけるその笑顔に思考が停止する。どうして彼女はこんなにも優しくて、強いのか。会って間もない自分にはわからない。兵太夫にあんなことを言っときながら、自分もまだまだだと再確認した。


「……その時は、胸を借りるね」
「どんと来いだよ。まあ、黒木君にはもう必要ないかもだけどね」



意味ありげに微笑む紗英に首を傾げるも耳が音を拾った。
居間の方と廊下の方に通じる襖の向こう側。そちらを見れば紗英もわかっちゃったかーとへらり、年よりも下に見えるいつもの彼女に庄左ヱ門はつい笑った。


「みんなー、もうバレてるよー」

「「「うっわあああ!!」」」



がらりと襖を開けるとなだれ込んでくる仲間達。盗み聞きなんてバレバレだ。


「いってて…団蔵が前出過ぎなんだよ!」
「虎若だってめっちゃ聞き耳立ててただろ!」
「お前がうるさくて聞こえねえし兵太夫が録音しててうるさかったんだよ!」
「庄ちゃんの弱味なんて貴重だし、って…しんべヱのお菓子の音入りまくってる!」
「もぐむぐゴックン…え?なになにー?」
「ほら、顔中についてんぞ」
「乱太郎、重い…」
「あ、ごめん金吾!」

「お前らー庄ちゃんの顔を見ろー」
「はにゃあ?庄ちゃん顔怖いよー?」



動きを止める仲間達。無論、寝間着姿の彼の纏う空気が氷点下に達したからだろう。



「さて…覚悟できてるよね?」



笑った顔に答えるよう、見上げる全員の顔は引きつった。























(ぎゃああ!ぎ、ギブギブ!!)
(え?なに?風邪だから聞こえないんだけど)
(都合いい風邪だなおい!!)

(いだだ……庄ちゃん容赦ねえー)
(首赤くなってるよ?これで冷やしな、笹山君)
(……うん)

(兵太夫もっかい食らわせられるぞ)


(うん、ようやくみんな揃ったね…)





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