短編

□お願い、待って
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『夏未には、きっと、分からないだろうね』



そう言って彼は

彼はーー



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ーーー
ーー





なぜ?
どうして?

そんな疑問が頭の中をグルグルとまわる。

いつも笑ってた。
皆幸せそうだった。
彼だって同じ気持ちだったはず。

なのに
何故?


階段を無我夢中で駆け上がる。
その間もずっと頭の中は疑問符でいっぱいだった。

階段を登る勢いのまま扉に手をかけ、バンッ!と開ける。

「待って!!何か悩みがあるのなら話し合いましょう!?」

息がゼィゼィと苦しい。

絞り出す様に声をあげる。
「ねぇ、お願いよ、円堂君!!!!」

あれだけ毎日楽しいね、って言ってたじゃない。

サッカーが出来て幸せだって言ってたじゃない。

いつも、嬉しそうに笑ってたじゃない。


後ろを向いていた彼が振り向く。
振り向いたその表情はいつもの、あの皆を包み込んでくれる笑顔じゃなくて。
笑顔なんて何処にも見当たらなくて。
そこにあるのは、どこか悲しげな、能面の様に変わらない無表情。

それを見たら何も言葉が出てこなかった。
動くことが出来なくなった。

彼はおもむろに頭につけていたバンダナを外すと、スッと目を閉じた。

「え、円堂く「夏未には」…え?」


遮る様に名前を呼ばれ、ビクリと反応してしまう。
癖のある彼の髪が、風に揺れる。


「夏未には、きっと、分からないだろうね」

そう言うと、彼の体がふわりと中に舞う。

「待っ…!!!!」

必死に手を伸ばす。
けれど、その手が何かを掴むことはなくて。
彼と私を遮る様にフェンスが立ち塞がる。
あれだけ必死に伸ばしたのに、私の手は彼が手に持っていたバンダナに少し指先をかすめただけ。

ゆっくりと傾いていく彼は、一瞬だけ意地悪そうに口元を綻ばせ、それでいて目は憎しみを帯びた表情をして見せた。
何故そんな表情をしたのか何て私には分からない。

「お願い、待って…!!!!」
時よ止まれと思った。
嘘であれと願った。

けれど、これは夢なんかではなくて。
目の片隅に見える彼のトレードマークのバンダナが、何ともいえなく落ちていて。
ただただ私は
座り込むだけだった。

→あとがき
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