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□逢魔が時(パラレル編…作者:たこすけ)
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 カナカナカナカナ……
           
           
 夏の夕暮れを告げるヒグラシが鳴いている。
           
 明日も晴れになるのであろう、見事な夕焼けだった。
           
           
 辺りは薄く暗くなり、街灯もチカチカ……と、ともりはじめた。
           
 商店街を行き交う人はせわしなく、家路を急ぐのに自然と足早になる。
           
 対照的に昼間あれほど子供達がいた公園は、いつの間にもう誰もいない。
 砂場には置き忘れのスコップが転がっていた。
           
           
           
 間もなく陽も落ちる、昼と夜の境、
           
           
 逢魔が時がやってくる………。
           
           
           
           
 恭弥は車庫の片すみに自転車を止め、玄関に向かった。
           
 母の奈々が隣のオバサンと庭先で立ち話をしていた。
           
「あら、お兄ちゃん、お帰りなさーい」
           
「……ただいま」
           
「んまぁ、こんばんは、恭弥君」
           
 悪い人ではないが、話し好きのお隣りさんだ。
           
「あ、こんばんは……」
           
と、ペこりと頭を下げた。
           
「毎日塾なの?大変ねぇ、受験生は」
           
 恭弥は返答せず、少し口元を緩ませた。
 あまりしゃべらない子供に代わって、奈々が答えた。
           
「そうなのよ、夏期講習で追い込みなのよね」
           
 話は当分終わりそうにないので、再び恭弥は頭を下げ、家の中に入った。
           
           
「でもおたくの恭弥君なら優秀だから並盛東高は大丈夫なんでしょう?」
           
「いえ、どうなのかしらね……」
           
 ドアを閉めても外から2人のおしゃべりが聞こえてきた。
           
           
 恭弥は洗面所に向かい、汗ばんだ顔を洗った。
 水はぬるかったが、汗は幾分かひいたようだった。
           
           
 首からタオルを下げ、キッチンへ向かう。
 冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、コクコクと飲み干した。
 8月も間もなく終わるのだが、例年並みに残暑が厳しい。
 やはりシャワーでも浴びるかと、下着を取りに2階に上がった。
           
           
           
 薄暗い廊下の中、弟の部屋の前を通り過ぎようとした。
           
 ドアが少し開いている。
           
「綱吉……?」
           
 返事はない。
           
 代わりにブゥーンと扇風機の音が聞こえた。
 ドアの隙間から彼の足が見えた。
 どうやらカーペット敷の床に寝転がっているらしい。
 ドアノブに手をかけ、中を覗いた。
 そこには2才下の弟がスゥスゥと寝息をたてて眠っていた。
           
 体を丸めてまるで子猫のように……。
           
 夏休みの課題である読書をしていたのか、
借りてきた本がひろげたままだった。
           
 扇風機と窓からの風でページが時折ハラリとめくれる。
           
 ランニングャツと短パンから出ている細く白い手足。
           
 中1にしては小柄な弟だ。
           
 入学式のクラス写真を見たが、背も1番低いようだった。
           
 色素も全体的に薄く、よく女の子に間違えられる。
 黒い髪と鋭い切れ長の瞳の恭弥とは違い、柔らかい蜂蜜色の髪に大きな瞳をしているせいもあるのかもしれない。
           
           
 う、うん…、と少し唸ったかと思うと、コロリと仰向けになる。
 さっきまで丸くなっていた体が今度は手足を伸ばして、大の字になった。
           
 カーペットの跡が顔半分についていた。
 それを見ただけでは笑えるが……。
 しかし、シャツから覗く鎖骨がやけに生々しく、意識はそちらへ向く。
 華奢な首筋にジワリと汗が滴り落ちていた。
           
 幼い顔のくせに男を誘っているような体つきの弟。
そのアンバランスな体躯に恭弥はゴクリと喉を鳴らした。
           
           
「無防備……」
           
 恭弥は静かに部屋に入り、しゃがみ込んだ。
           
           
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