「よう、二人とも。よく来たな」
俺達を見て揚々と手を翳す化野を睨みつけた。
「どっかの暇な医家に呼びつけられたんでね」
嫌みを込めて答えたんだが、まったく動じていない。
会う度に神経図太くなっていきやがるな…。このセンセは。
目的は分かってる。
俺の隣で笑う、この娘。
「先生、元気にしてたー?」
「勿論だ。お前こそどこか悪い処はないか?」
「無いよ」
「医家でなければ分からないものもあるからな。どれ、ひとつ触診を……」
「オイ、ヤメろ」
後ろから化野の頭を殴りつけた。
放っときゃ調子に乗りやがって。
「痛いな!何するんだギンコ」
「生業を悪用してんじゃねーよ!下心見え見えなんだよ」
「良いではないか!医家という肩書き、大いに使ってやる」
「…なんつーセンセだよ…」
お互いの腕や頭を掴み合い、押し問答する。
しかし、そのど突き合いが面白いのか、娘は声を立てて笑い出した。
それを見た化野は、今度はど突けと頭を押し付けてくる。
その光景に、俺は頭を抱えた。
「んで?今度はどんな問題起こしたんだよ」
さっさと用を済ませ、一刻も早くこの場を立ち去ろうと、俺は用件を切り出した。
「あ、そうだ。ちょっと待っていろ」
そう一言残し、奥へと姿を消した。
暫くして戻った化野の手には、何やら風呂敷でくるまれた掌程の大きさの小包が乗せられていた。
それを娘へと手渡す。
手に置いた時、ざりっと何やら音がした。
よくよく見てみると、それは淡い桃色で、布の四つ角には桜の絵柄が盛り込まれている、とても品のある風呂敷だ。
その四つ角は一纏めにされていて、赤い紐で封がされている。
結構な高級品だな、こりゃ。何故それをこいつに?
開けてみろ、と促す化野に娘はイソイソと紐を解いた。
「わぁー」
「ほー」
背後から覗いていたが、思わず感嘆の声が漏れた。
風呂敷の中身は、色とりどりの金平糖だった。
「高級菓子じゃねーか。どこで手に入れたんだよ」
「知り合いから譲り受けたんだ。珍しい物だからおまえにやろうと思ってな」
そう言うと、化野は娘に笑いかけた。
娘は目を輝かせている。そして…
「ありがとう!化野先生っ」
至高の笑顔を返したのだ。
あぁ…。これじゃ、化野の思う壷だってのに…。
結局、化野の用とはこれだけだったらしい。
帰り際。
「…ったく。物で釣りやがって」
「金平糖を買ってやるなど、お前には出来んだろ」
ふふん、と、得意気になる化野に、俺はタラリと一筋の汗を流す。
図星だから言い返せん。
「もうこんな事で呼びつけんなよ」
「また呼ぶに決まってるだろ」
「お前な……」
「ギンコ、お前だってあの笑い顔を見て悦んでるだろ」
そう言われて、ますます言い返せない。
まぁ、確かにな。
「近々呼ぶから、その時はまた来い。まぁ無理はせずに、な」
最後の最後に気を遣う化野。
そりゃァ無理はしたくないんだが…。
「……そうは言うけどな、化野。お前が文を寄越すと、そうもいかねェんだよ」
「は?何でだ?」
化野からの文が届き、今度ばかしは行かねーぞと言った時の、たいそうがっかりした顔。
そして、先刻のように菓子を貰い、大喜びしている顔も。
そのどちらにも、……俺は弱いんだよ。
「参ったね、こりゃ」
「? 何がだよ?」
隣で訝しげな顔をする化野に、てめぇのせいだと睨みつけた。
きっとこれからも、あの顔に負けてここに来ちまうんだろうな。
一人苦悩するなか、何も知らずに金平糖を頬張りはしゃぐ娘を見て、俺は緩んだ顔で、ふぅっと溜め息を付いた。
拍手御礼夢*終